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PTA組長爆誕

これから書き進める改革はすべて実話である。
強制加入、強制労働、独裁がまかり通っていたPTAを2年ですべて取り払った。
「事実は小説より奇なり」とはよく言ったものだが、PTAはまさにその通りだった。
PTAなんて関わりたくもなかった人間が、PTA改革に挑む物語を書き進めていく。

苦手なことに挑戦することで生を感じる

娘たちが小学校低学年の頃から話は始まる。
2学期になると突然妻の仕事からの帰りが遅くなった。
それが1回や2回ではなく、ほぼ毎日のように遅くなったのだ。
私が帰宅する時間は大体19時30分頃だが、家に入ると暗闇の中で小さな子どもたちがテレビを観ていたので問いかけた。

「お母さんは?」

そう聞くと子どもたちは寂しそうに答えた。

「学校」

妻と話し合いをすると、小学校のPTAのバザーの準備で帰宅が遅くなるとのことだった。
私は疑った。

毎日のように何をそんなに準備することがあるのか?
本当は浮気をしてるのではないか?
バザーとはPTAとはこんなに家庭を犠牲にしてまでするものなのか?

離婚騒動にまで発展したが、たかがPTAごときで別れるなんて馬鹿らし過ぎると思い、その話はなくなった。
バザーなるものが終わるまで妻の帰りは遅かった。
無事(?)バザーが終わり、今一度妻とPTAに関する話し合いをした。
妻から聞くPTAの話は信じられないものばかりだった。
非効率、強制労働、一部の保護者による独裁など、令和になった日本だが、PTAだけは昭和のまま何も動いていなかった。
この組織をどうにかしないとどれだけの家庭が犠牲になっていくのか、そんな妙な正義心とちょっとした興味本位からPTA会長になってみようかなと思ってしまった。
最後の一押しとなったのは、そのとき読んでいた本に書かれていた言葉だった。
岡本太郎画伯著書「自分の中に毒を持て」より「自分が苦手なものに挑戦することで生を感じることができる。」と書かれていた。
私は極度の人見知りで人と群れることが苦手なので、本当に「生」を感じることが出来るのか?と思い、PTA会長になって人とふれ合い群れてみることにした。

いざ会長へ

まず、とりあえず会長に立候補してみた。
それまでは現執行部(PTAを取り仕切る人たちの集まりで、会長・副会長・書記・会計から構成される)が執行部に入らないかと様々な保護者に声掛けをして、執行部入りするのが慣例だった。
私はそんな事お構いなしに、突然の立候補で名乗りをあげた。
そのような制度になっているのだから、別におかしなことをしたわけではない。
現会長、会長を補佐してる人、教頭の3人と面談することになった。
その面談の中で教頭から言われたことが強烈に印象に残っている。

「私が連絡したらいつでも学校に来てもらいます。」

ついつい私は突っ込んだ。

「え?それって救急車のように、電話が来たらすぐに駆け付けろってことですか?!こっちだって働いてるんだからそんなの無理に決まってるじゃないですか!」

この教頭が何を言いたかったのか、今でもよくわからない。
保護者のことをただのコマ使いだとでも思っていたのだろうか。
他にも現会長からこれだけの会議に出席しなければいけません、と紙に書かれたものを見せられた。
そこには毎月のようになんかしらの会議の名前が書かれていた。
会長とはそんなものなんだろうと思い、わかりましたと答えた。
実はそんな幾多の会議に出る必要もないということは会長二年目でわかったのだが、その話は割愛する。
その面談が12月頃だったと記憶している。
それから約三か月ほど何も音沙汰なかったが、2月になりやっとで連絡が来た。
来年度の執行部の人たちと3月に顔合わせをするとのことで、PTA室とやらに初めて入った。
これからこの部屋に何度も来ることになるとは想像もしていなかった。
前任(執行部の任期は2年で、1年ごとに約4人の新しい人が執行部に入ってくる)の執行部の人たちの偉そうな態度とやる気満々オーラが全開だなというのが印象的だった。
この印象はこの人たちが執行部を辞めるまでずっと一緒だった。
いや、辞めた後も一緒だったか…。
その話はまた別で書く。

PTA紹介

ここで、娘が通っていた小学校のPTAの紹介をする。
「執行部」「バザー部」「広報部」「生活指導部」「総務部」「事業部」「保健体育部」これら7つの部が存在する。
これとは別に「家庭教育学級」という部ではないが、立ち位置の曖昧なものが一つあった。
入学と同時に入会届を書いたわけでもないのに勝手に入会しており、学級懇談会でこれら8つのどれかに”必ず”属さなければならない。
また、ポイント制という名の強制労働システムが存在する。
このポイント制とは、子どもが6年間通う間にポイントを貯めていないと、自動的に何かの大きな役をやらされることになる。
大体8ポイントほど貯めてないと、5,6年生の時に役を決める際ポイントが少ない人はみんなの前で立たされて、みんながやりたくない役をやらされることになる。
元々は大体4ポイントほどを貯めていれば良かったのだが、バザー部の平部員にまで1ポイントを付与することにしたため、ポイントのインフレが起こり、8ポイント以上貯めていないといけなくなった。
これは全国どこの学校でも同じだろうが、この役決めをする時の雰囲気といったら最悪としか言いようがない。
みんなが下を見て、役の押し付け合いをして、無駄な時間を過ごすこととなる。

いざ就任

4月末にPTA総会と呼ばれる、PTAの中でも一番のビッグイベントがある。
そこで会員から決議を取り、1年の計画が決まっていく。
計画といっても、何か新しいことをするわけでもなく、毎年同じことを繰り返し行うだけの形式的なもので、あってもなくてもどうでも良いビッグイベントなのだ。
そこで一番注目されるのが、新役員の自己紹介である。
新役員が誰になるのかは、なぜか一般会員には秘密にされている。
全くもって謎のルールである。
そこで私の挨拶全文を紹介する。

はじめまして、今年度のPTA会長に立候補し就任することになりましたPTA組長です。私はPTAのことはほとんどわかっておりません。これから自分の目と耳で現場を知る必要があります。それを知った上で自分に何が出来るのか見極めたいと思います。今のPTAは「子どものため」という言葉が一人歩きをしているように感じております。本当の意味で子どものためになることとは何なのかを今一度考え直す必要があると私は強く思います。執行部だから上だとか、平部員だから下だとかそんなことは一切関係ありません。皆さんの意見をどれだけ吸い上げることが出来るかが執行部の大きな役割だと私は考えております。PTAとは皆さんの支えがあってこそ成り立つものです。だからと言って手放しに支えて下さいとは言いません。支えて頂けるよう努力致します。若輩者ではございますが親として一人の人間として成長出来るよう頑張ります。これからよろしくお願い致します。

ここから私のいばらの道のPTA改革が始まった。
新執行部のいじめから始まるPTA改革だが、次からは私がどのようにして改革を進めていくのか、反省点をふまえながら書き進めていく。
多くの人の参考になれば幸いである。

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