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私の役割 最終章 “母として、妻として”

第2章までのあらすじ
 第12胸椎圧迫骨折で入院したパーキンソン病患者のBさん。骨折の経過は良く、自宅へ退院したが、家事などの自分の役割がなくなり孤独な状態だった。そんなある日、高齢のBさんのお母さんの受診にBさんが付き添って来たところを見た私は、役割とは相手や環境によって変わることに気づいた。Bさんは立派に娘としての役割を果たしていた。

Bさんはずっと孤独じゃない。
妹さんやお母さんにとっては変わらずに、姉であり娘なんだと、そう気づいた私は母として、妻としてのBさんについてもっと知る必要があると考えた。

その日のリハビリの時、

私「無事にお母さんは送れましたか?」

B「ええ。母さんは目が見えないだけで歩くのは結構速いからどっちが支えてるかわからないのよ(笑)」

私「こうやって病院について来てもらえると妹さんも楽ですよね」

B「そらそうね。あの子は車の運転ができるからあっちへこっちへよく行ってるし」

私「重い買い物とかも妹さんに頼んだりするんですか?」

B「買ってきてくれるね。何かいるものある?って電話で聞かれるからその時にお願いしたりして。昔は私も車や自転車乗ってたんだけど」

私「イメージないですね!」

B「パーキンソン病になって全部やめろって主人に言われたから。もう5年は乗ってないかな」

改めて、私は“パーキンソン病のBさん”しか知らなかったなぁと思った。
そして、自宅でのBさんの孤独や喪失感はパーキンソン病と診断されてから今まで続いている。

私「歩きだけなら買い物に行ける場所が限られますもんね。歩くのはもちろん良いことなんですけどね!パーキンソン病の人は動ける時間帯にはしっかり動いた方がいいから、なるべく家のこともできることならした方がいいと僕も思います」

B「そうよね。娘も私のこと思ってなんでもやってくれてるから、なんか言い出しにくくって」

私「それはありますよね。ようはバランスやと思うんですけど、動くことがBさんの身体のためっていうのもありますから」

B「動くって言っても、私リハビリこないと運動ってしないからね。家でもしようと思ってもなかなかできないし」

そういえば、前にリハビリについて来られたご主人からこう言われたことがある。
「パーキンソン病は薬と運動って言われるでしょ?できるだけ長く軽症な時期で過ごしてもらいたいんだ。大きく動くのがいいというからBIGのプログラムをしたこともあるけど、そこでして終わりだったから。だからリハビリには期待してるし、よろしく頼むね」

娘さんの『こけないで欲しい』という希望とご主人の『長く軽症な時期を過ごして欲しい』という希望は、『元気でいて欲しい』と、同義語だろう。
Bさんは『自宅での役割(家事)を全うしたい』と思っており、元気だからこそ家事ができる、家事などで動くから元気でいれる、わけだ。
そう考えるとみんなの考えは同じベクトルである。

『母として、妻としての役割が集約された家事をすることが身体を動かすことになるし、家族の希望も叶えることになる』。

あとは、Bさんが行動に移せるよう背中を押してあげる必要があった。

背中を押すには、個人の特徴を理解しないといけない。
ICFに個人因子がある。
性格などその人個人の強みや特徴がどう動作や活動などに影響するかを見るものだ。

Bさんの個人因子
・あまり運動はしない
・遠慮がちな性格
・家事は自宅での自分の役割と思っている

私「運動しないなら尚更動ける時間に家のことした方がいいですけどね!あ、ちょっと待っててくださいね」

これはMETs表だ。
活動量の指標であるMETsを家事でも表している。

運動が苦手な人はコレを見ると家事がどの程度の運動と同じぐらいの活動かがわかるようになっている。

これをBさんに渡した。

B「へぇ。こんなのあるんだ。なんか家事がちゃんと運動って認められてて嬉しい!」

私「画期的ですよねー。書き込んでて申し訳ないけど、コレを見るとやっぱり洗濯干したり掃除することはそれなりの活動になるんですよ」

B「掃除ねぇ。クイックルぐらいササーってやってみようかな。洗濯は干すのはやってないな。腰が痛くなってくるから。」

私「座って洗濯バサミに挟んでから干すってのも一つですよ」

B「なるほどね。ここで言われてるように腰を伸ばしてから干すとまだマシかもね!コレ見せてもらったし、家の中のことだから洗濯も頑張ります」

METs表を見せたことがうまくハマったみたい。

個人因子を理解して使用した手段はやはりうまくいくなと実感した。

この日からBさんは家の中の家事はほぼ行えるようになった。もちろん、娘さんも手伝ってくれているようだが、それに対して「申し訳ない」とは聞かなくなった。

ひょっとしたらパーキンソン病の診断を受けてから初めて役割を取り戻した経験になったかもしれない。

また、薬の調整がうまく行っているのもプラスに働き、下肢の筋力も向上した。
この対話を開始した時は立ち上がりテストは40cmまでしかクリア出来なかったが、今では20cmまでクリアできている。

活動が上がったことで身体機能もよくなり、専業主婦としての役割を取り戻すことにも繋がった。

しかも、後日談だが、結婚して別居している息子さんにお子様が産まれるらしい。さらに同居の娘さんも結婚するようだ。これからは“おばあちゃんとして、お嫁さんの先輩として”という役割も増えそうだ。


こうして役割はどんどん変化していく。
難病や老化で失っていくものばかりではない。

今のその人にある役割はなんですか?

終わり。

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