見出し画像

頼んだ、こけし

グレー。ブルー。白。真っ白。圧倒的な雲。

雲の奥にまた雲が潜み私との距離を測らせない。

圧倒的な雲が夏の残りの熱に足掻いている。

奥からこみ上げるこの世のすべてかのように

まだまだ、まだまだ溢れてくる。

圧倒的な雲がずっと消えない。


夏の終わりか秋の始まりか、私に違う世界を見せてくれた小さな車が悔しそうな悲鳴をあげて数日。もう私はあの子に乗ることができなくなった。修理工場の片隅で今はどうしているだろう。こんなことになるなんて思ってもいなかった私は、あの子の中にいろんなものを入れっぱなしで来てしまった。例えば、あの子が来て間もなく飾った気球に乗ったこけしとか。でも今はこけしを置いてきてよかったと思ってる。きっと今頃思い出を話しているんだろう。お互いにお互いが寂しくなりすぎないように。この先が暗いものにならないように。今までそうしてきたように、あの子とこけしは一緒にいてお話をしている、そう考えることにした。そうでもしないと私が寂しくなるからだけど。もう一度はない、そういうこともある。私たちは色んなものを見に出かけた。山道を抜け峠を越えてその先に何かある気がしてぐんぐん進んだ。そこには何もなくっても、私には何か残っていた。圧倒的な山、圧倒的な海、圧倒的な夕焼け、圧倒的な雲。飲み込まれそうなその景色を私たちはいつもかき分けて家路についた。ただいま、行ってきます、また明日。当たり前はいつか途絶える。へし折れそうな心が痛い。もう一度はないんだ。あの子といた夏が終わって、あの子と見る秋はもう来ない。悲しいけれどそういうこと。心も一緒にいたってことだな、知らぬ間に堅結びしてたんだ。

圧倒的な雲が、ずっと消えない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?