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死んだ推しとワニ

今にも喰われそうな絵になってしまった

今日はジョジョの奇妙な冒険第5部の最高のキャラクターレオーネ・アバッキオさんの誕生日なのでみなさん祝ってください。
あとワニ死にましたね。もう話題的に下火になり始めてますけど。

ワニ、めっちゃ燃えてましたね。精神が江戸っ子なので楽しかったんですけど、死後一気に祭りあげられるあの感じと、一部のワニに感情移入してしまっていた読者が怒濤の商業展開についていけてないあの感じ、アバッキオを思い出しちゃいました。アバッキオのオタクなので。
アバッキオも死後評価されるタイプのキャラですし、アバッキオが死んだ後悲しむのもそこそこに全く回想もされず話が進んでいくの、アバッキオに思い入れがあり過ぎた私はどちらにも全くついていけませんでした。
荒木飛呂彦先生はわりと丁寧にキャラクターの死後を扱ってくれる作家だと思うんですが5部は異常に雑だと感じます。
私がアバッキオが死んだ後の死と向き合う描写のない5部の展開に戸惑ったように、ワニの一部の読者もただ死と向き合って考える時間が欲しかったのではないかと思わざるを得ません。

架空のキャラクターの死って思っているよりセンシティブで、絶対にショッキングに受け取る人はいるし、ましてや完結前のインタビューで死について考えて欲しいと言っていたのだからそういう姿勢で読んでいた読者も大勢いるだろうに、それに対して死んだ数分後に羽生やして追悼ポップアップショップ!とかしちゃったの本当にデリカシーないなと個人的に思います。そりゃついていけない人も出ますよね。
まあ殆どの人はそんな事気にしないしそれをショップの客の入りやグッズの売れ行きとかが物語ってますけど。でも生死について考えて欲しかった作品ならそういう最初からそんな事考える気もないような大衆はターゲットじゃないんじゃないんですかね。
本当に生死について考えて欲しかったならリアルタイムでずっとワニの生活を見守ってくれていた読者たちにもっと考える時間、ワニの死と向き合う時間を与えるべきだったし、そうでないならもっとブラックジョーク的な路線でまとめた方が追悼ショップなどの展開も悪趣味に感じられなかったと思います。商業的には大衆の大好きな感動モノにして炎上でもとにかく話題にさせるのが一番売れるから大成功なんでしょうけど。うまいことやりましたよね。

架空のキャラクターの死、価値観や繊細さなどで受け止め方に差が出やすい。
実在する人物の死は悲しいことであり慎重に悼まなければならないという意識を余程非常識な人間でなければみんな持っていますけれど、非実在のキャラクターに対しては難しい。価値観や思い入れによってどうしても扱いが変わってくる。
某オルガ・イツカの死に際なんて死ぬほどネタにされていますけれど、彼を本気で好きだった人たちのことを考えると笑えないなと思うようになりました。

私は未だにアバッキオの死をひきずっており、彼の誕生日を祝うことすら悲しいです。完全に自分のネガティブ過ぎる性格のせいですが。彼の死へのカウントダウンが始まった日だと思うといっそ生まれて欲しくなかったとすら思います。つらいです。アバッキオが生まれてくれた日を素直に祝うことのできない自分が悲しいです。

ワニも自分の人生をカウントダウンされ、死に、死後商業的に祭りあげられるためだけに生まれたんでしょうか。そういうキャラクターの生って何のためにあるんでしょうか。読者のそういう死への繊細な感性こそがワニの炎上の火元だったんじゃないでしょうか。推しの誕生日間近だったこともあり色々考えてしまいました。

人間は他人の死が娯楽だった時代の方が長いらしいですが、ワニの死に関する諸々を見ていると、なんだかやっぱり荒木飛呂彦先生の言う通り生まれてくることは悲しいなと思います。

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