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みんなの「わがまま」入門  富永京子

職場で感じるストレス、人間関係の疲れ、生活の中で起こるモヤモヤした気持ち。

「嫌だけど、私が我慢したらうまく回る」
「ここまで考えるのは、気にしすぎかもしれない」

そういう嫌な感情をどこに持っていけばいいんだろう?

1番簡単な解決法。それは、自分はそういう性格なのだと納得することだ。


最近テレビやインターネットで「HSP」という言葉をよく見かける。
HSPっていうのは、Highly Sensitive Personの略。日本語だと「とても繊細な人間」になるかなあ。

本屋さんでも、「HSP」や「繊細さん」の本が平積みになっている見かける。

HSPの人は、人間関係の微妙な変化やニュアンスに敏感なため、考えすぎて疲れやすいらしい。
悩んでいることを伝えても「考えすぎ」と言われたり、些細なことでも気になって気持ちが落ち込んだりする。そういう人が増えているらしい。

テレビやインターネットでも、生まれつきそういった特性の人がこの世の中に一定数いて、その人たち特有の「生きづらさ」があることが紹介されている。

そして、HSPの人がうまく生きていくためのコツをまとめた本が書店に並ぶ。



はっきり言うと、僕はこのHSPブームを良く思っていない。

1番の理由は、偏った自己理解をしてしまうからだ。発達障害やADHDという言葉は、ある時期からよく見かけるようになった。
何となく生きにくさを感じていた人が、発達障害のニュースや本に触れて、「自分は"これ"かもしれない」と感じる。そして本やネットで情報を集め、病院に相談したりする。

自分を見つめ直すことは悪くない。自分の特性を知ることで、日常生活がより楽になるかもしれない。
ただ、この情報過多社会で、適切な情報を集めるのはものすごく難しいし、人間の特性を本の一冊二冊読むだけで分かるはずがない。まして、数十分のニュースやYouTubeの動画を見ただけで、分かるわけがない。

結局残るのは、お手軽で分かりやすい情報で、それは間違いを含んでいることも多い。
そうした分かりやすくて、耳障りが良い言葉で自分のことを分かったつもりになっても、長くは持たないだろうなと思う。

HSPは、明らかに発達障害(ASDやADHDなど)の後釜として流行っている。
発達障害を自認するのは、恥ずかしいし、劣っているような感覚がする。空気が読めないとか、協調性がないとか。日本人なら言われたくない言葉だ。
その点、HSPならば「繊細で気が効く」というポジティブな側面を自分に認めることができるから、自称しやすい。

「私HSPかも」という発言には、ストレス耐性の弱さと繊細な感覚を同時にアピールする効果がある。

どの名称を使えど、結局やっていることは、安易な自己理解で自分のストレスや生きづらさにラベルを貼って、ひと時の安心感を得ているだけだ。
(ひと時の安心感が全く不要というわけではない。そこから深い理解に進む情報が得にくいことが真の問題だと思う)

何となくのもやもやを、HSPというマジックワードで解決してしまうのではないか。これが一番の危惧だ。


さて、もう一つ、HSPが流行ることの問題がある。ここでようやく今回の本の登場だ。

富永京子の「みんなの『わがまま』入門」(左右社)は、わがままという考え方を通して、自分たちの不満を解消したり、この社会をより生きやすい場所に変えたりするきっかけを作るための本だ。

わがままというと、自己中心的でネガティブなイメージがある。だけど、不満や生きにくさをきちんと正当に主張して、より良いルールを作るためのわがままは必要じゃないのかな。
何よりも、今の制度や仕組みも、先人のわがままによって作られてきたのだから。


さて、HSPの第二の問題点は何だろうか。
それは、全て個人の問題に帰せられてしまうことだ。

何となく生きづらいのも、考えすぎて疲れるのも、「私がHSP(または発達障害)だから」という一言で説明されてしまう。
仕事のしんどさや人間関係のストレスの原因はひとつじゃない。嫌な上司がいるからかもしれないし、自分の性格の問題かもしれない。あるいは、その学校や会社のルール、その地域の慣習、もっと広く見れば日本の文化が、生きづらさの原因かもしれないのだ。

HSPの流行は、そうした生きづらさの原因が全部、辛い思いをしている本人の特性だとする風潮に拍車をかける。
その人が自分の特性を理解して上手いこと振る舞えるようになれば解決するのだと。困っているのは、あなたの性格の問題なのだと。なんてひどい自己責任論だろうか。

現実はもっと複雑だ。私の生きづらさは、決して私の特性だけが原因じゃない。もっと広い目で見たとき、この社会が原因として浮かび上がってくる。そのときは、わがままを言ってみる方がいいのかもしれない。

わがままを言うことは、自己中でも自分勝手でもない。意見を言うことは恥ずかしいことでも悪いことでもない。
頭で分かっていても、行動してみるところまでは繋がらない…という人にお勧めの本が「みんなの『わがまま』入門」だ。

私が感じるストレス、生きづらさを、私の特性に閉じ込めているのはもったいない。お手軽自己診断で納得してはいけない。

もっともっと「わがまま」を言える社会へ。

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