米原万里『必笑小咄のテクニック』

 この記事は「2023 好きなこと・ものを書く Advent Calendar 2023」12月9日分として書いたものです。

はじめに

はじめに

 ふつうこういったところで本の紹介をするときどういう風に書くのだろうか。「みなさんは〇〇に関してご存じだろうか」や、「先日本屋に行って〇〇という本を見つけた」などだろうか。しかし米原万里の本はどれも面白いものばかりでさっさとその内容に入りたくなるのでそういった前置きは飛ばそう(という前置き)。

米原万里について

米原万里(1950年-2006年)はロシア語通訳者であり、作家である。生い立ちを簡単に説明すると、日本で生まれた後プラハに移住し、ロシア語での教育を受け、帰国後は日本の高校を経て東京外国語大学に入学。出版社への勤務や東京大学大学院を経て、その後は通訳や作家として活躍していた。
 その著書は、『ヒトのオスは飼わないの?』など多数あ『不実な美女か貞淑な醜女か』『魔女の1ダース』『ガセネッタ&シモネッタ』『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』など多数あり、読売文学賞や講談社エッセイ賞、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞している。

『必笑小咄のテクニック』

 ここでは多数ある著書の中から『必笑小咄のテクニック』を紹介する。Wikipediaのエピソード欄にも書いてあることからわかる通り、この本にも下ネタや(人によってはきついと思うかもしれない)ジョークが含まれているのでその点はご理解のうえこの記事を読んでいただきたい。
 この本は様々な小咄を比較・分類したりしながら紹介し、時には我々の日常や社会問題に関しても触れている本である。例えば、「第一章 詐欺の手口」では、次の二つのそっくりな小咄が紹介されている。

①イワンが隣家のアブラハムを訪ねて来て頼み事をする。
「なあ、一ループル貸してくれないかなあ。必ず二倍にして返すから」
「ダメダメ。どうせ貸したが最後、酒に化けるんだから。返ってくる当てもない金を貸すほどこちとらおめでたくないよ」
「そこを何とかしてくれないかなあ。この斧、担保にするから。なあ頼むよ」
「そう来なくっちゃ」
 アプラハムは素早くイワンの手から斧を受け取り、一ループル紙幣を手渡すと提案した。
「ねえ、いっぺんにニルーブルも返すの、大変だよ。無理しないほうがいいんじゃないかな。今のうちに一ルーブル返しといたら?残りの一ルーブルは後でいいから」
 そう言われるとイワンも後々苦しくなるのはいやだなあと思えてきて一ループルを返す。
「ありがとう。恩に着るよ」
 なんてアブラハムに心から感謝しながら帰宅する道すがらイワンは考え込む。借りたはずの一ルーブルは手元にないし、斧は手放しちまったし、あと一ルーブル返さなくてはならなくなった。でもどう考えても間違っちゃいないんだよなあ。

これとそっくりな小噺が日本にもある。

②「へえ、お越しやす」
「嬶(かか)が新しい水壺買うてきてくれ言いよりましてな……」
「へぇへぇ、右ん棚が十円もん、左ん棚が五円もんになってます」
「ごっつう高こおますなあ……この左ん棚の白いんがええわ。遠いところから来てるんやから、せいぜい気張ってや!」
「そうでんなあ、どおーんと勉強して、四円! これ以上はまからしまへん」
「そうでっか。そなら失礼しますわ」
「三円!儲け度外視ですわ」
「ほな、もらおうか」
「ありがとさんでおます。へぇ、たしかに三円いただきました。どうぞ、これからもご贔屓に」
 ところが、店を出ていった客が半時も経たぬうちにまた戻ってまいります。
「へえ、お越しやす。おやまあ、さっきのお人やおまへんか」
「嬶に見せよったら、この壺は小さい言いよりますのや。右ん棚の大ぶりな壺もらいますわ。せいぜい勉強してや」
「七円!」
「六円!」
「殺生な……仕方ありませんな。手え打たしてもらいますわ」
「おおきに。そいでこの小さい方の壺は下取りしていただけまっか」
「よろしおます。三円で引き取らせていただきまひょう」
「さっきの三円と壺の下取り賃三円と合わせてちょうど六円や。ほな、この壺、もろていくで。包まんでもええがな」
「へぇ、おおきに。またお越しやす」

『必笑小咄のテクニック』pp.9-11

 実際に同じような手口の詐欺で被害が出ていることとともにこの二つの小咄は紹介されている。この本を読んだ当時、筆者はこの第一章の影響もあり詐欺の手口や詐欺師に関する書籍を集め読んだ記憶がある。それらの本には本当に優秀な詐欺師は被害者から感謝されるといったことが書いてあったが、この小咄はその部分まで表現している。念のため言うが、もちろん詐欺はいけないし許されない行為である。だが、その手法は非常に興味深いものだし、自分がその手口を知っていればひっかかりにくくなるだろう。
 「第二章 悲劇喜劇も紙一重」では、小咄の「オチ」とその位置の重要性を「第三章 動物と子どもには勝てない」では小咄のなかでの子どもや動物の純粋さと残酷さが描かれた小咄が紹介されている。各章に関して説明しながら小咄を引用してきてもいいのだが、それは読者の楽しみを奪うことになってしまうので、この本で紹介されている小咄の中で短くて筆者が面白いと思ったものを紹介する。

可奈ちゃんがお客さんに挨拶すると、お客さんはさかんに可奈ちゃんの髪の毛を褒めた。
「まあ、なんてきれいな艶々した髪なんでしょう。きっと、これはママ譲りね」
「ううん、パパ譲りだと思うわ。だって、パパの頭には、一本も髪の毛が残ってないんですもの」

『必笑小咄のテクニック』p.48

 中には途中まで読んでオチが分かった読者もいるだろう。オチが分かっていても面白いのが不思議なところである。(最近久しぶりに『ギャグマンガ日和』のロック伝説を見た時にも思ったのだが、どうしてオチが分かっているのに面白いんだろうか。)
 紹介を続ける。

①トンバ(イタリアの超有名スキーヤー)の食事は持続力を生む。パスタ中心で、イタリア最大のパスタメーカー、バリラのキャラクターもしている。数年前、日本でジャーナリストを招き、彼の手作りパスタを披露し、インタビューに答えるイベントがあった。そこで食べたお手製のパスク・ソースのおいしかったこと!
 さまざまな筋カトレーニングと食事メニューの話をしているとき、「ちょっと腕に触ってみてくれ」と言われた。ジャーナリストの人と一緒に、おそるおそる触ると、鋼鉄のように硬い。「ここも触ってみろ」と太股をさす。鍛えあげられた筋肉は、人間のものとは思えない硬さであった。一同、「さすがー、すごーい」と感心していると、彼はニヤリと笑って言った。
「もっと硬いとこあるぞ」
 年甲斐もなくうろたえている私に彼は囁いた。(A)
「骨だよ」(B)

『必笑小咄のテクニック』p.141(※もとは田丸公美子著の『バーネ・アモーレ』からの引用)

アーノルド・シュワルツェネッガーのそれはいささか長め。マイケル・J・フォックスのそれはちょっと短め。マドンナには、それがなく、ローマ法王はそれをもう長年使っていない。さて、それは何でしょう?

『必笑小咄のテクニック』p.144

 ここまで露骨に並んでいると、わからない人が読むと筆者の紹介の仕方に品位がないと思われるかもしれない。落ちるところまで落ちたオチだと思われてはいけないので最後にクイズ形式で紹介されているものを引用して終わろう(????の部分にどのような発言が入るか考えてみよう)。

結婚したばかりの男が仲間に打ち明ける。
「結婚ごときでこんなに世界観が変わるとは思ってもいなかったよ」
「どういうこと?」
「結婚前は、ぼくは世の中のあらゆる女性が好きだった」
「それで?」
「今は、????」

『必笑小咄のテクニック』p.121

さいごに

 最後のクイズも含めて気になった読者は多いと思う。ぜひ米原万里の『必笑小咄のテクニック』を読んでみてほしい。さらにほかの本を読んでみたいと思った人には、(個人的には)『魔女の1ダース』もおすすめである。

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