『孫子』とはどのような本か。

1 はじめに

 現代において孫子はリーダーシップや戦略、組織運営といった視点から読まれる傾向が多いように思えるが、そもそも『孫子』はどのような前提条件の元で書かれた何の本なのだろうか。

2 国家対国家の正規戦を想定

 まず『孫子』には戦争に関する深い含蓄が幾所にもかかれているが、本質的には戦争に勝つための方法を描いたハウツー本だといえる。そうであるならば、孫子が想定した戦争とはいかなるものか。

 まず、孫子では基本的に国家対国家の正規戦が想定され、相手は領土や城があり、また軍隊を保有しその上には将軍と君主がいるという前提がある。

 孫子曰わく、
 凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。
 軍を全うするを上となし、軍を破るはこれに次ぐ。
 旅を全うするを上となし、旅を破るはこれに次ぐ。
 卒を全うするを上となし、卒を破るはこれに次ぐ。
 伍を全うするを上となし、伍を破るはこれに次ぐ。
 是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。
 故に上兵は謀を伐つ。其の次ぎは交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。攻城の法は、已むを得ざるが為めなり。
 櫓・フン[車賁]オン[車温-水]を修め、器械を具うること、三月にして後に成る。踞イン[門西土]又た三月にして後に已わる。将 其の忿りに勝えずしてこれに蟻附すれば、士卒の三分の一を殺して而も城の抜けざるは、此れ攻の災いなり。
 故に善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも而も戦うに非ざるなり。人の城を抜くも而も攻むるに非ざるなり。人の国を毀るも而も久しきに非ざるなり。必らず全きを以て天下に争う。
 故に兵頓[つか]れずして利全うすべし。此れ謀攻の法なり。

3 短期間の勝利を追求

 また、戦争は長期にわたる傾向にあり、長期化した場合は経済的な負担が極めて大きいと考えている。

 孫子曰わく、
 凡そ用兵の法は、馳車千駟・革車千乗・帯甲十万、千里にして糧を饋るときは、則ち内外の費・賓客の用・膠漆の材・車甲の奉、日に千金を費やして、然る後に十万の師挙がる。
 其の戦いを用なうや久しければ則ち兵を鈍らせ鋭を挫く。城を攻むれば則ち力屈き、久しく師を暴さば則ち国用足らず。
 それ兵を鈍らせ鋭を挫き、力を屈くし貨を殫くすときは、則ち諸侯其の弊に乗じて起こる。智者ありと雖も、その後を善くすること能わず。
 故に兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久を睹ざるなり。それ兵久しくして国の利する者は、未だこれ有らざるなり。故に尽く用兵の害を知らざる者ば、則ち尽く用兵の利をも知ること能わざるなり。
 故に兵は勝つことを貴ぶ。久しきを貴ばず。
 故に兵を知るの将は、生民の司命、国家安危の主なり。
 孫子曰わく、
 凡そ師を興こすこと十万、師を出だすこと千里なれば、百姓の費、公家の奉、日に千金を費し、内外騒動して事を操るを得ざる者、七十万家。相い守ること数年にして、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛んで敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非ざるなり。主の佐に非ざるなり。勝の主に非ざるなり。故に明主賢将の動きて人に勝ち、成功の衆に出ずる所以の者は、先知なり。先知なる者は鬼神に取るべからず。事に象るべからず。度に験すべからず。必らず人に取りて敵の情を知る者なり。

4 低練度の軍隊

 孫子の文に「兵を用うる者は・・・」という言葉が多く使用されていることからわかるように、将軍がどのように軍隊を運用するかについて多く割かれている一方、軍隊を構成する兵卒にどのようなものを求めるのかという点についてはあまり書かれていない。
 特に兵士に対しては、目的や現在の地域、敵の状況などを教えることを避け、機械のように動かすことを考えている。

 将軍の事は、静かにして以て幽[ふか]く、正しくして以て治まる。能く士卒の耳目を愚にして、これをして知ること無からしむ。其の事を易[か]え、其の謀を革[あらた]め、人をして識ること無からしむ。其の居を易え其の途を迂にし、人をして慮ることを得ざらしむ。帥[ひき]いてこれと期すれば高きに登りて其の梯を去るが如く、深く諸侯の地に入りて其の機を発すれば群羊を駆るが若し。駆られて往き、駆られて来たるも、之[ゆ]く所を知る莫し。三軍の衆を聚めてこれを険に投ずるは、此れ将軍の事なり。九地の変、屈伸の利、人情の利は、察せざるべからざるなり。

5 敵国への侵攻戦

 孫子の特徴として、防衛戦というものがあまり想定されず、専ら敵国に侵攻するにあたっての着意事項が記載される傾向がある。そのことから。戦争を継続させるために、敵国から糧食や戦果を奪うことを推奨している。

 善く兵を用うる者は、役は再び籍[せき]せず、糧は三たびは載[さい]せず。用を国に取り、糧を敵に因る。故に軍食足るべきなり。
 国の師に貧なる者は、遠師にして遠く輸[いた]せばなり。遠師にして遠く輸さば、則ち百姓貧し。近師なるときは貴売すればなり。貴売すれば則ち財竭[つ]く。財竭くれば則ち以て丘役に急にして、力は中原に屈[つ]き用は家に虚しく、百姓の費、十にその七を去る。公家の費、破車罷馬、甲冑弓矢、戟楯矛櫓、丘牛大車、十にその六を去る。
 故に智将は務めて敵に食む。敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当たり、キ[艸己心]カン[禾干]一石は吾が二十石に当たる。
 故に敵を殺すものは怒なり。敵の利を取るものは貨なり。故に車戦にして車十乗以上を得れば、其の先ず得たる者を賞し、而してその旌旗を改め、車は雑[まじ]えてこれに乗らしめ、卒は善くしてこれを養わしむ。是れを敵に勝ちて強を益[ま]すと謂う。

6 結 論 

 以上から『孫子』とは「君主が、正規戦において低練度の軍隊を運用して相手国に侵攻し短期間で勝利を収めるための方法」について書かれた本と言える。そして、このテーマが各章及び各文の前提として貫かれていると考えられる。

 

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