右往左往

 左右盲という言葉があります。どうやら私もそうかもしれない。
 正確に言うと、左右が完全にわからないわけではないのだ。わかるつもりでいたけど、突然間違えたり混乱することがある。その頻度が増えていく。  
 左利きを矯正されると左右盲になるという噂は本当だろうか。少なくとも私は左利きを矯正された人間で、軽度の左右盲である。

 ところで今、インドネシア語を学習している。実は学習歴は2年弱くらいになるけど、ダラダラやってきたのであまり身についていない。
 インドネシア語で左はkiri、右はkananというらしい。統一感があっていいけど、これも間違えて逆に覚えてしまったらどうしよう。kiriと右で韻を踏んでいるのに、kiriは右ではなく左らしい。どうしたものか。
 高校の友人らと天体観測に行ったついでに、友人に意見を求めてみた。彼は独学で20くらいの言語を独学しているので、何かいい案をくれるかと思ったのだ。インドネシア語の右と左が逆だったらよかったのにと無茶な文句を言う私に、彼は言った。
「そう?イメージ通りだと思うけど」
そして、左右のイメージについての話が始まった。

 kiriはなんとなく、薄っぺらい印象を受けるね。薄っぺらくて軽くて頼りないし、何を考えているか分からないけど、多分、いつも我々のすぐ側にいるんだろうね。なんか猫みたいだね。
 kananの方がどっしりして、丸くて、存在感があるね。強そうだね。使いようによっては他人も自分も傷付けることができるのかもしれない。

 本当にとりとめのない会話なので、これを読んだ人はおそらく意味が分からないと思う。正直、私もよくわかってない。深夜3時半の大学生の会話に、”ただしさ”とかを求めないでほしい。
 でも、今後は左右を間違えない気がする。少なくとも、インドネシア語では。そういう、「ひだり」と「みぎ」のイメージの話。


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