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マジックタイム

【舞台】
昼の公演を終え、次のステージ(18時開演)の受付開始を間近に控えた劇場内。
客席は超満員を想定した数の椅子が並べられている。
(※実際には入場者数を収容率の50%程度にとどめ、空席が多数できている)
舞台には簡素な美術が設えられており、段差によって複数のエリアに分けられている。
劇場空間は、照明機材ではなく作業灯(蛍光灯)によって、客席も舞台も分け隔てなく均等に照らされている。

【出演者】
どの役も実際に演じる俳優の年齢や性別の制限はないが、役名はできるだけ本人の名前(芸名)であることが望ましい。
戯曲上では便宜的に〈俳優1〉〈俳優2〉などと表記する。また、台詞の中にこの表記がある場合、その役者に対し名前で呼びかけているものとする。

【板付き】
俳優1:客席最前列のベンチ席にまっすぐ横たわり、仰向けの姿勢で台本を読み返している。
俳優2:舞台手前側の段差に腰掛け、スマートフォンを操作している。
俳優3:舞台の下手やや奥、出はけ口に体を半分投げ出すようにして眠っている(客席から上半身は見えない)。
俳優4:舞台上の最も高いエリアで俯せになって仮眠をとっている。

* * *

俳優1 どうしよう、雨降ってきちゃった…
俳優2 (顔をあげて)え、うそ
俳優1 え
俳優2 あ(台詞だと気付いて)なんだ、返事しちゃった
俳優1 ここにいたって(外の天気が)わかるわけないじゃん

客席動線から舞台監督が現れる。
20cm程度に短く切られた角材を片手に持っている。


舞台監督 雨、ちょっと降って来たっぽいよ
俳優2 マジですか
舞台監督 まだ傘なくても平気な程度だけど

※◆~◇の部分のやりとりは当日の天気によって適宜変えて構わない。

舞台監督、下手袖から舞台の裏へまわろうとして俳優3の寝相に気づく。

舞台監督 はい、ごめんなさいね…大丈夫?生きてる?…首痛くないのかな、こんな姿勢で(と言いながら俳優3の上をまたいで裏へ)

ややあって、平台の下からビスを打ちこむ音が響いてくる。
音に反応して飛び起きる俳優3。

俳優3 うああびっくりした
俳優1 おはよう
俳優3 夢見てた(大きなあくび)
俳優2 夢
俳優3 なんか、打ち上げしてた
俳優1 気が早いな

客席動線から制作と運営スタッフが登場する。
運営スタッフは空席に当日パンフレットを並べていく。

制作 〈俳優4〉さあ…あれ?〈俳優4〉いる?
俳優1 (指差す) あちらに

俳優3、俳優4の肩を揺すって起こす。

俳優4 ふぁい
制作 休んでるところごめん…五堂さんって結局どうなったんだっけ?
俳優4 あ、キャンセルです。あした来るって
制作 おっけい。荒木さんはそのままでいいんだよね
俳優4 そうそうそう荒木さんと細尾さんは今日
制作 え、細尾さんも?それは聞いてなかったな
俳優4 うっそ、3枚で入ってない?
制作 五堂さん2枚だけだね
俳優4 あーごめん
制作 いいや、結果的に数は変わらないから
俳優2 追加だったら危なかったんじゃない
制作 無理だよもう、もう1人も入れられない
俳優1 (客席最前列のカド、灯体のすぐそばに立って)だってここに椅子あるのヤバいでしょ
制作 あ、そこは関係者席にするから
俳優1 だよねえ
俳優2 足伸ばしたら(灯体)蹴っちゃうもん
制作 ていうか手荷物が燃える

客席動線から演出が登場する。

演出 10分前です
舞台監督 全集ー!
演出 〈舞台監督〉さん、あのカゲ段の補強って
舞台監督 ああ、とりあえず一本足しておきました
演出 すいませんありがとうございます
俳優2 ありがとうございます
照明 〈演出〉さん
演出 はい

ブース(調光室)の方向から照明の声だけが聞こえてくる。

照明 明かり変えてみたんですけど
演出 そうだった、確認させてください。みんなー明かり変わったよー
照明 どなたか作業灯消してくださーい
俳優1 すぐ行きまーす

俳優1が劇場の蛍光灯のスイッチを切りに走る。
全員、客席側に集まり、一列に並んで舞台のほうを見ている。
照明変化
夕焼けのような琥珀色の明かりが舞台を照らし出す。

全員 おおー
俳優3 マジックタイムだ
俳優4 マジックタイムだねえ
俳優1 そういや前から気になってたんですけど、マジックタイムじゃなくてマジックアワーなんじゃないの?
俳優3 今言う?
俳優2 あーそれ、わたしも調べたことあるけど、マジックタイムともいうみたいよ。検索したら競走馬が先に出てくるけど
演出 マジックアワーだとね、どうしても先に映画のあれがあるからね
俳優1 なるほど

全員しばし無言のまま誰もいない舞台を見つめている。

照明 こういう感じで
演出 OKです、いいと思います
舞台監督 そしたらこのまま暗転チェックもいっときましょうか
照明 了解です、少々お待ち…暗くなりまーす

照明が落ちていき、暗くなる。が、舞台の奥のほうで何かが微かに光っている。

演出 楽屋ついてる?
俳優2 消したはずだけど…
舞台監督 あ!私だ

舞台監督、物凄い速度で闇を駆け裏へ。
懐中電灯の明かりだったらしい。光源が動き出し、舞台監督と一緒にこちら側へ戻ってくる。

舞台監督 失礼しました…(見渡して)はいOKですね。ありがとうございます

明かりが戻る。

演出 はい、じゃあ次で、4…5?
俳優1 5です
演出 5ステ目です。えー、面白くなってると思います。ので、いつもと変わらず丁寧に、細かいところを取りこぼさないように
俳優2 浴衣の向きを間違えないように
俳優3 いや、さすがにもう間違えませんから
演出 間違えないっていうか、間違えてほしいんだけどね
俳優3 じゃあ間違えます
俳優4 あ、これフラグだね絶対
俳優2 やーめーてー
俳優3 (言い聞かせるように)左前、左前、左前…
演出 はい、それでは…
舞台監督 大丈夫ですか?
演出 はい、よろしくお願いします
全員 よろしくお願いしまーす!

俳優1~4は舞台上へ。舞台監督は舞台上を通り抜けて楽屋へ。演出と制作は客席動線を戻りロビーヘ。それぞれがそれぞれの持ち場につく。

俳優4 あー。あ。(咳払い)あー、はーはーあ、はー。

開場音楽が流れ出す。

俳優1~4、歩き回りながら、あるいは身振りなどを交えながら、おのおの勝手に以下のA~Zの台詞をランダムな順番で、かつ矢継ぎ早に発話する。誰がどの台詞を発してもよいし、同じ台詞を何度繰り返してもよい。ここにない台詞を追加してもよい。
台詞はどのように発しても構わない。感情を込めても、込めなくてもよい。他人の台詞をふざけて真似するような言い方をしても構わない。発話のタイミングを他の俳優と合わせる必要もない。
すべての台詞は同時多発的に重なり合い、必ずしも意味のある言葉として観客の耳に届かないかもしれない。

A 君が誰でも僕は構わない
B 本当にそう思ってる?
C おーーーーい!おーーーーーーい!
D そこにいなくてもいいよ。見ていてくれさえすればいいよ
E どうしよう、雨降ってきちゃった
F やっぱそうですよねー!
G あいうえおいうえおあうえおあいえおあいうおあいうえ
H 寂しい?寂しいってことなのかな、これが
I ゆうべもここにいたよね。何か見えるの?
J こうして話ができるうちは生きてるってことにしていいんじゃないかな
K 寝言に返事をすると目覚めることができなくなるらしい
L 時間は前にしか進まないから
M ここにいたってわかるわけないじゃん
N 始めるってことは、いつか終わることを認めなきゃいけないんだ
O にゃににゅにぇにょににゅにぇにょにゃにゅにぇにょにゃににぇにょにゃににゅにょにゃににゅにぇ
P 空の上からだったら、学校も病院も、都庁だってまるごと見渡せるでしょ
Q おかしいと思ったんですよ、さっきまで黙ってたくせにって
R 左前、左前、左前
S シャッターを切る瞬間、時間は止まっている
T 無理だよ、天国にはもう1人も入れない
U やいゆえよいゆえよやゆえよやいえよやいゆよやいゆえ
V すべてが変わってしまったとして、いくらでも方法はあるはずでしょう
W 誰そ彼時、なにもかもが溶け出して一つに混じり合う
X またやり直せばいいんですよ。最初からうまくいくはずなんてないんだから
Y いつか見た景色を死ぬまでに何度も思い出す
Z っしゃ、やるぞ!

制作 (劇場の外から)開場しまーす!
俳優1~4 はーい!

音楽のボリュームが少し大きくなる。
照明の光が落ちていき、一度そのまま真っ暗になる。

客席の頭上にだけ明かりが戻ると、すでに舞台上は無人になっている。
かすかに流れる音楽と、座席に並ぶパンフレット。
30分後に「演劇」が始まる気配だけを残して。

≪幕≫

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