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うらがえしのダイヤモンド
スタジオに集められた観覧客たちが見守るなか、妖しさを演出する青紫色のサスペンション・ライトに照らされた卓上へ、一枚、また一枚とトランプカードが配られてゆく。カードが重なり合う瞬間の、紙の擦れる僅かな雑音のほかに何も聞こえないほど緊張感に満ちた静寂に囲まれて、アイマスクを着けた鵜野率子は厳重に封印された箱の中で息をひそめている。
ああ、この箱は、かつて私が毎日のように入っていた箱じゃないか。
そんなことを率子は考える。他に考えることがなかったので。
「さあ、これで全てのカードが積まれました。箱の中に閉じ込められたリツコ・ウノは、カードがどのように選ばれ、そして置かれたのか知る由もありません。それでは、箱を開けてください。どうぞ!」
気合を入れすぎて音割れしたドラムロールが鳴り響く。率子の身体を隠していた箱が開かれ、間仕切りの板が取り払われ、合図を受けて率子はアイマスクを外す。このような演出にはすっかり慣れっこなのに、つい眩しそうに目を細めてしまうのはいつもの癖だ。見えないようにするならアイマスクだけでいい。箱に閉じ込める必要などない。そもそも、どれだけ厳重に目隠しをされたとて、率子のマジックには影響がない。
「さあ、リツコ・ウノの目の前にはランダムに選ばれた14枚のトランプカード。裏向きに伏せて積まれたこのカードの山を、上から順にすべて的中させることができるのか? あなたたちは今宵、奇跡の目撃者となる!」
司会者の芝居じみた大仰な煽り文句にも動じることなく、率子は静かに目を閉じる。なんの霊感も、どんなイメージも脳裏には浮かばない。まっさらなスケッチブックのように何もない。
「ダイヤのエースです」
司会者が一番上のカードをめくると、宣言どおりダイヤのエースが現れた。観客は固唾を呑んでいる。まだ歓声は起こらない。
「その次がダイヤの2」
率子が言うたびに仰々しいSEが鳴り、ムービングライトが周囲を照らす。勿体ぶっても結果は変わらないのにと心の内で毒づくが、もちろん声には出さない。
山札の4枚目にダイヤの4が現れたあたりから、客席のざわめきに熱狂の色がちらつきはじめた。透視能力だけでなく、衆人環視のもと念入りに切り混ぜたはずのカードが法則性を持っていることに気づいたのだろう。カードマジックで世界を席捲する魔術師リツコ・ウノが起こす、第二の奇跡に。
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