鬼籍なんて信じない(第二夜)

 父はもう総義歯も補聴器も外してしまっており、言葉を発することも聞き取ることもやや困難である。だが意識状態ははっきりしているので聞き取れた言葉の意味を咀嚼する能力はあるし、頭の回転も決して鈍いほうではない。治療に使う機材や点滴薬の内容に関する説明をひととおり聞かされてもいる。痰を吸引器で取ることも、現状それ以外の治療手段がないことについても了承済みのはずなのだった。それなのに、この男は。自分の命を救えるかもしれない唯一の手段を、ちょっと痛くて苦しいというだけの理由で頑なに拒んでしまう。口を押さえて吸引器を入れさせないばかりか、息を止めて抵抗するときもあるのだという。

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