「架空のM-1直前スペシャル」が面白かった話
<!-- ここから下はすべてフィクションです -->
2019年12月21日、土曜日。深夜1時。
わざわざここで書くのもバカらしいほどどうでもいい理由で終電を逃した僕は、四谷三丁目と信濃町のちょうど中間、左門町交差点のあたりで途方に暮れていた。ここから自宅まで、深夜のタクシーに迷わず乗り込めるほどの金はない。だからといって徒歩で帰れる距離でもないし、この辺に住んでいて気安く泊めてくれそうな知り合いの顔も浮かばない。そんなわけで僕の取れるほぼ唯一の選択肢は、とりあえず目についたネットカフェに入り、始発までの体力を温存することだけだった。
会社で使っているワークチェアよりは若干ふかふかした背凭れ付きの椅子と、旧型ではないが最新機種でもない、己のスペックを専ら体積のデカさでアピールしてくるTVチューナー付きデスクトップPC。それだけが置かれた殺風景な小部屋には「必要最低限」という言葉がよく似合った。飲み放題のコーヒーは砂糖を2本入れてようやく味らしきものが感知できる薄さで、これから仮眠をとろうとする意欲を一杯目から根こそぎ奪い去ってくれた。
仕方なくヘッドホンを装着してPCの電源を入れた。ここは一応ネットカフェだが、iPhoneと店内Wi-fiで事足りるのでネットには特に用がない。自宅のテレビは数年前から故障して映らず、その間にTVを見る習慣もほとんどなくなってしまった。どの時間帯に何チャンネルでは何をやっていて、だとか、そういった知識からもすっかり疎くなって久しい。適当にザッピングをしていると、エイブラハムの二人が出ていたので思わずリモコンの手が止まる。
エイブラハム。言わずと知れた昨年のM-1王者。敗者復活戦から見事勝ち上がり、優勝賞金1000万円をものにした「漫才といえばこの人たち」のディフェンディング・チャンピオン。先輩に食べさせてもらった石狩鍋が美味かったから自分でも作りたくなったと河川敷へ手ごろな石を探しに行く漫才、たしかそんなのだった。腹を抱えて笑った気がするが、そういえばあれからもう1年も経つのか。
ところで、自宅のTVが映らない状態で、去年のM-1を僕はどこで見たのだろう。YouTubeで後から追いかけて知ったのか、それともネットニュース等を読んで知った気でいただけか。けれども、伝聞にしてはずいぶん細部までよく覚えているなと自分でも思う。まるで見ていたみたいだ。なんならリアルタイムで喜んだ記憶さえあるのに。
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