勝手に見てろ/人生

世界中が口裏を合わせて君ひとりを騙そうとしている気分はどう?

夕食の時にテレビでドッキリの番組をやっていて、たまたま他に見たいチャンネルもなかったのでぼんやり見ていた。

――あんたのところにはもうカメラ来た?

私が答えられずにいると、姉は音を立てて味噌汁をすすった。

――カメラ?

――カメラカメラ、ドッキリのカメラ。

テレビの中では今まさに室内へ乗り込んできたスタッフが、驚愕の表情で固まっている芸能人をカメラで大写しにしているところだった。

――これのこと?

――そうだよ。

――私なにもドッキリなんて仕掛けられてないよ。

――あの人だってそう思ってるよ。

姉が指し示したテレビ画面には、ありもしない旅番組のロケで節くれ立った昆虫の酢漬けを食べさせられる芸能人の姿があった。

――だって私あんなの食べないし、有名人でも何でもないもん。

――人生は壮大なドッキリですよ。

きんぴらを口に放り込みながら姉は言う。油っぽく光る赤い唇からニンジンの切れ端が一本こぼれ落ちて、テーブルクロスを汚した。

――お姉ちゃんのところには来たの?

――来た来た、きのう来た。うわーまじかーって思ったよね。

そして姉は翌日死んだ。ありふれた交通事故。見通しの悪い路地から飛び出してきた古いアメ車に撥ねられて、即死だったらしい。出来の悪いフランス映画のラストシーンみたいだと思った。悲しいとかの感情は不思議なくらい湧いてこなくて、昨日の今日でタイミングが良すぎることがずっと引っかかっていた。姉はドッキリの結果を知らされたから、今度は仕掛け人として一足先にモニタールームへ移動したのだ。私はそう信じることにした。信じることを余儀なくされた、と言ってもいい。それからの私の人生は、姉の最期の言葉と、どこにあるかもわからないが確実に私を見つめ続けている隠しカメラの支配下に置かれたのだった。

場違いなほど天井の高い、たいして広くもないくせに声だけは立派に反響するオフィスで働いている。ごくありふれた雑居ビルの、そのうちワイヤーが切れるんじゃないかと不安になるような軋みをあげるエレベーターは狭く、定員人数は8名となっているのに5人も乗ればブザーが鳴ってしまう。

ここはオフィステナントが入る前、もともと劇場だったらしい。だとしたらここは、私のいるデスクはかつて舞台だったのか。舞台の上で働く私たちは、いったい誰の視線に晒されているのか。

私は知っている、この部屋は本来の広さの半分しか見えていなくて、いつかあの壁が崩れて向こうから仕掛け人チームが爆笑とともに登場するのを。その中には姉の姿もあるだろう。あんなところに情報セキュリティ管理士認定試験のポスターが掛かっているのはいかにも怪しい。どうしたの怖い顔してる、と向かいの席のタナダさんが何も知らないみたいに笑った。

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