見出し画像

そんじょそこらの歩き方

説明する野暮さよりも気付かれない寂しさが若干上回ったため先に言っておくと「地球の歩き方」のパロディです。タイトル。

「散歩ができない」という人と話す機会が何度かあって、散歩をよくやる僕は大層驚いたのだった。そして驚くとともに、自分が当たり前にできている散歩を「できない」人が「できる」ようになるにはどうすればいいのか……? という気持ちにもなり、この記事を書いている。

考えたこともなかった。散歩を「したい」か「したくない」かの話なんだと最初は思っていた。でも、その人いわく散歩は「してみたいけどできない」もので、その理由は「目的がないのに歩けない」からだという。

その人にとって移動とは目的地へ到着するための手段でしかなく、それがおそらく問題の核心なのだろう。だから「目的のない移動」であるところの散歩をする意味が分からないのだ、きっと。

だったら見方を変えよう。目的のない移動ができないなら、目的のある移動をして、その過程に散歩を含めてしまえばいいのだ。それで万事解決ではないか。

というわけでプランAからEをご用意しました。これらはどれも僕が過去に一度は実際にやったことのある散歩の方法論です。難易度に応じてお好きなプランをお試しください。あなたの徒歩に幸多からんことを。

プランA くら寿司シャトルウォーク

目的:目的地への到着
難易度:★☆☆☆☆

まず、必ずしも「くら寿司」である必要はありません。本文中では便宜上、僕が設定している店として「くら寿司」の名を使用しますが、自宅からそれなりの距離(徒歩20分前後くらい)にある飲食店かつ、ある程度ピークタイムが混雑するところでさえあれば、ガストでも磯丸水産でもラーメン二郎でもどこでも大丈夫です。
昼間でもいいんですが今は日差しが強いので日没後、午後6時とか7時ごろがいいでしょう、家を出て、くら寿司まで歩きましょう。この時点では散歩じゃなくて「外食に出かける」という目的があります。しかし、前述のとおりくら寿司はとても混雑しており、事前予約のないまま訪問すれば30分~1時間待ちになることもザラです。うちの最寄りのくら寿司はそうです。僕は気が短いので、そんなに長いこと待てません。だから店の前に着いて、扉の外まで続いている長蛇の列を見たら踵を返し、来た道を自宅へと引き返します。不思議ですね、これ、もう散歩です。
来た道をそのまま帰るのが味気なければ、途中わざと曲がり角を左あるいは右に折れてみるのも一興かもしれません。たったそれだけの行動で景色は一変します。どうですか、ほら、もう冒険です。途中でもっと美味しそうな店があったら入ったっていい。
万一たどり着いたくら寿司が空いていたら? そのときは寿司でも食べて帰りましょう。何を躊躇することがあるのです、そのために遠路はるばる歩いてきたのではないですか。

プランB 循環巡回

目的:自宅への到着
難易度:★★☆☆☆

市内循環バス、というものに乗ったことはありますか。あるいは山手線、関西住まいの方なら大阪環状線。あれ、どう思います? 僕は子供のころ、なんて無意味なものが走ってるんだと思ってました。スタート地点とゴール地点が一緒なら、そもそも出発する意味などないんじゃないのと。このエピソードに苦笑したそこのあなた、あなたも「散歩」をそういうものと捉えていやしませんか?
散歩とはいわば自宅発・自宅行きの市内循環バスです。そう考えながら、まずは歩いてみましょう。運よく家の近くを循環バスが走っていたら、その巡行ルートを徒歩で愚直に追いかけてみるのも悪くないでしょう。また、近くに池や自然公園などのやや大きな円形をした土地があれば、その周囲をぐるっと回って帰ってくるだけでもいい。そう、きみにもバスの才能がある。

プランC 持て余さない

目的:規定時間内の移動
難易度:★★★☆☆

待ち合わせ時間に予定より早く着いてしまったことはありますか?
僕はあります。というかほぼ毎回です。
たとえば14時から始まる舞台を見に行くつもりだったとしましょう。開場は開演の30分前が通例なので13時30分に到着できれば充分です。自宅の最寄りから劇場の最寄り駅までは電車で約20分、そして自宅から最寄り駅までは徒歩約10分です。20+10=30、簡単な計算で13時に家を出れば間に合うとわかるなのに、なぜか僕はそれを「30分+15分」とやや多めに見積もってしまう癖がある(そもそも実際は17分とか12分とかいった半端な数値を「約20分」「約15分」と多めに表記しているのに、そこへ加えて余裕を持たせてどうする)。あまつさえ算出された「待ち合わせの45分前=12時45分」のさらに10分前行動をしようとして12時35分、それだとなんとなくキリが悪いからといって12時30分に家を出てしまう。このように持つ必要のない余裕をガンガン上積みした結果、現地で約40分以上を持て余します。しょっちゅうです。まるで学習しない。
「遅刻するよりはマシ」などとは言うものの、早く着きすぎるのも相手にとって迷惑になる場合があります。ですので、この突如発生した40分間の「無」を埋めなければならない。ここで近くのカフェに入ったり、本屋で時間をつぶせる人は賢い。そういった逃避先がパッと思い浮かばない時は……歩きましょう、今こそ。
40分後にはここへ戻ってこなければならない、という制約があるので自由な散歩はできないかもしれません。けれども自由の定義は自分が決めるもの。半径20分以内のリードを付けられた仔犬のように惜しみなく近辺を駆け回りましょう。こまめな水分補給を忘れずに。

プランD 街のデバッグ

目的:違和感への到達
難易度:★★★★☆

なにはともあれ家を出ましょう。まあ、これができる時点で散歩はできたも同然なのですが、この方法を通じて試してほしいのは街に潜む「バグ」を検知して楽しむ(必ずしも修正する必要はありません)行為です。

街とは、そこに生きる何人もの作為によって常にメンテナンスされアップデートされリビルドされ続けながら「人々の暮らし」というプログラムを動かしているソースコードです。複数人が関わっているとなれば互いの描いたプログラムが矛盾を起こしたり、多重入れ子構造になったり、ほんの些細な誤字脱字によって思わぬ例外処理を吐き出したりすることは茶飯事で、

本来あるはずのない場所にメガネが現れたり、
4まで営中していたり、
突如として「この世界の真実」を授かったり、
すべてが喫茶になったり、
唐突に時間を区切られたり、
野良いらすとやが跳梁跋扈していたりします。すばらしいせかい

プランE ボーントゥビーワイルド

目的:最寄り駅への生還
難易度:★★★★★

あなたの家の最寄り駅はどこですか? 電車移動をしながら暮らす都市の人々は、きっと心に一人一つずつ自分だけの最寄り駅を持っている(そして実際にそこへ行くこともできる)と思います。さて、ではあなたの家の周りに他の駅はありますか? きっとあるでしょう。

文字で言ってもわかりにくいと思うので地図を見てみましょう。

これは東京のある区域を適当にトリミングした画像です。特に誰かの住居を特定しようというものではないので安心してください。
さて、この地図の中央やや上あたりを見てください。幡ヶ谷駅があり、その下にコーヒーショップが書いてあります。仮にあなたがこのコーヒーショップの隣に住んでいたとすれば、あなたの最寄り駅は幡ヶ谷になるでしょう。でも、少し頑張れば代々木上原駅を利用することも可能そうだし、もっと足をのばせば笹塚駅や参宮橋駅もありますね。

では、実際に歩いてみましょう。
ただし地図は一切見ないで。

地図を見ていいのは出発前に大まかな位置関係や方角を確認する時だけです。あと町なかにある案内図などのマップは見ても構いません。地図アプリやゼンリンの地図帳など、移動しながら自分の位置を常時確認できるものは極力見ないようにしてください。たったこれだけであなたの町は未知のダンジョンと化し、おのずと近隣の建造物や看板、地面の傾斜や河川の気配などに意識が向きます。四方八方に注意を散らしながら歩く、これぞ「散歩」の神髄といえるでしょう。

ひたすらに自身の方向感覚と勘だけを頼りにして歩き、どこか(どこでも構いません)電車の駅、あるいはバス停などに到着するまで冒険を続けてみる。何時間かかっても構いません(だから他の用事がある日に実行することはおすすめしません)、手がかりゼロの状態から独力で駅舎を発見できたときの感動は筆舌に尽くしがたいものがあります。無事、駅に辿り着けたらもう地図アプリを開いても大丈夫です。というか乗換アプリで調べましょう。そして帰るのです、あなたの最寄りに。新大陸を発見して長い航海から戻るコロンブスのように、誇らしい気持ちで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?