Project U/0 #000

#000  Prologue


「...また、救えなかった。」


(また...” また ”?どうして、また救えなかったなんて...これが初めての救済実験だったのに。)

ウーレイは自分自身の口をついた言葉に驚く。


「レイ...人の死に踏み込み過ぎるな、お前自身が辛くなるだけだ。」

「博士、私たちはこれから...こんなことを繰り返していくんですか?」


博士は机に置いた写真立てに手を伸ばす。
そして、静かに目を伏せると苦しそうに呟いた。

「そうだ。それが我々の一番の近道なんだ。」


―――

自殺者数、■■年連続過去最多を記録

04/06 7:57 配信

我が国の敗戦の記憶は若い世代には
もう新しくない。

60年前の電子戦争での敗北から
この国には希死念慮が充満していることは
火を見るよりも明らかだ。

低下の一途にある投票率や納税率を
鑑みるに国民からの国への期待はなく、
自分自身が生きていくことが最優先というように
静かに生活しているのが実情だ。

かつて世界最高峰の科学技術によって、
経済発展していた栄光も色褪せつつある。
ここ数年の輝かしいニュースは
スポーツ関連のみといえるだろう。

この国に救いはない。
故に希望もなく、ここ何年も自殺者は
過去最多を更新し続けている。
生まれや環境など背景も様々であるが
何かに絶望し、死を選ぶことには変わりがない。

こういった絶望感は国全体を覆いつつあり、
特には若年層の自殺率が問題となる。
昨今の状況から国は自殺に関する国策を
進めると発表したものの続報のないまま
15年の歳月が経ち、何一つ約束が
果たされないこの状況が国民の不安感や疑心を
育む要因となっていることは想像に固くない。

我々独自の取材による、国家関係者の証言によると・・・

ーーー


「アズマさん、こちらへどうぞ。」


アズマは名前を呼ばれたことでデバイスに映し出されたニュース記事から目を離し案内役の研究員に目を移す。待合室の椅子から立ち上がると呼ばれた扉へ向かう。

本日付けで、彼は「内部」の人間となる。

ここは国立脳科学研究所。
数年前に研究所支援が国策から外され、残った数少ない国立研究所である。研究員は国家公務委員として採用され脳科学領域の研究に従事する。

そして、この研究所は一般的な研究を行う「外部」と研究に携わる者しか知りえない研究を行っている「内部」という施設領域が存在する。

基本的に内部への異動は昇進と言われ、
将来安泰が約束される・・・らしい。

何故、不確定なのかといえば一度内部に入ったものは「外部」に戻ってくることはなく実際の「内部」の実情を知る者は「内部」にしか存在しないため、憶測となっている。

「内部」への昇進は3年以上研究所に勤めた者の中から「内部」からの推薦で決まる。

しかし、彼は異例の2年での内部昇進が決まった。
もともと学院時代から成績優秀で、脳科学における分野では彼の名前は有名であった。私設の研究所からもオファーが多数あったそうだが、彼はこの研究所を選んだ。

目立つ性格でなければ、目立つ容姿もしておらず、発言も積極的ではないが他とは違った目線で研究を続けており、この2年間で幾度となく奨励賞に選ばれている。

そういった観点から、彼の「異例の内部抜擢」は研究員たちの一目置く出来事となった。


「今から外部から内部への異動手続きを行いますので、管理長よりお話があります。」


そう伝えると、案内役の研究員は一礼して扉から出ていく。

通された部屋は診察室のような部屋で、歯医者の治療台のような椅子がおかれている。
アズマは部屋を見渡すと、随分と綺麗に整頓されすぎていることが気になった。
まるで誰も使ったことが無いかのように整理され、清潔が保たれていた。

ピピッ、という音に目を移すとアズマが入って来た扉の向かいにある扉が開いた。
草臥れたような姿でこの部屋に似つかわしくない風貌の男性は明るく微笑みを見せると男性はアズマに握手を求めるように近づいてくる。


「はじめまして、管理長のフジサワです。君がアズマくんだね?よろしく。」

「本日付で内部異動になります、アズマです。よろしくお願いします。」

「ここでは内部異動に関する詳細を説明させてもらうね。まずそこの椅子に掛けて。」


指さされたのは先ほど歯医者の治療台に似た椅子だった。
何故、異動の手続きにこんなものが必要なのか、と不思議に思ったがアズマは言われた通り座席に座る。


「内部というのは外部の人間が想像している何倍もややこしいところなんだよ。恐らく、何故こんな治療台に?と思っているようだね、うんうん、普通の反応だ。」


フジサワは椅子の横に立つと、飄々とした様子で何か準備を始めた。

アズマはその姿を見ながらこのフジサワという男性は管理長という長の立場にしては幾分貫禄がないように思えた。よく言えば親しみやすいというのだろうか。


「僕自身も管理部を担当しつつも内部の詳しいことを話すことは禁じられているんだ。だから、君の質問には答えてあげられないのが申し訳ないね...ただ痛くはしないからね!腕だけは自信があるんだ。」


そういうとフジサワはアズマに二枚の円形のパッチを手渡す。


「そのパッチを左右の耳の前に張ってもらえるかな、簡易麻酔の役目を果たしてくれるからね。」

「脳信号を制御することで一時的に痛覚を弱める被投与型麻酔ですね...。」


アズマがそう答えるとフジサワはこれまで一番の笑顔を見せて尋ねる。


「アズマくん、君は本当に優秀なんだね。2年で内部昇進するって聞いてどんな人なのかって思っていだけど、これは納得だよ。まだこれは研究所でもあまり公になっていない技術なはずだけど、どうして知っているのかな?」

「この技術は俺の学院時代の研究内容を応用して作られたもので、この研究所での最初の成果です。」

「そうだったのか~!僕これが出来てからずっと使ってきたけど知らなかったよ。この研究所って本当に開示される情報が少ないからさ、全然知らなかった。この麻酔が出来てから本当に僕の仕事が楽になったんだ。ありがとう!」


フジサワは興奮したようにアズマの肩に手を置く。
ありがとうございます、と温度差を感じる返事をしながらアズマは麻酔パッチをつける。
自分が開発したものが自分に使われる瞬間は奇妙な感覚だった。


「じゃあ簡単に説明するけど、これから君の左手のひらに内部専用のデバイスチップを埋め込むことになるんだけど、利き手は右手で間違いなかったかな?」

「間違いありません。」

「じゃあ、ちょっと痛々しいところを見るのが苦手だったら5分くらい目を瞑っていてね。」

アズマは静かに目を閉じると、これからのことに考えを巡らせた。

(内部で研究できることは喜ばしいが、チップを埋め込まれるのは想定外だった。恐らく研究所内のセキュリティ関連、研究デバイスの簡略化、研究員の管理、万一の逃亡などによる情報漏洩を防ぐためのシステムといったところか。

居住区も内部施設に用意されていると聞く。
内部昇進とは言うが、実際のところ研究員の自由は無いに等しいということだろう。この厳重なセキュリティを見るに国家機密レベルの研究をしていることは間違いない。俺はどこまで重要な研究に関われるのだろうか。

まあ、研究さえ続けられれば俺はそれでいい…。)

ポンポンと肩を叩かれる感覚で目を開けると、得意げなフジサワがアズマを見ていた。


「終わったよ~!どう?全然痛くなかったでしょ?」

「そうですね。本当に何も感じませんでした。」

「よかった!人によっては怖がって暴れちゃうこともあるから大変なんだよね~。」

「傷口はどれくらいで塞がるんですか?」

「ああ、傷口はもうないよ。うちの電気メスは切開と同時に治癒も助ける働きがあるからすぐに傷口が閉じる。どちらかと言えば神経系とデバイスが馴染むまでの方が時間がかかるかもね。」

アズマは数回、手を握ったり開いたりを繰り返したが傷口の違和感はさほど感じなかった。

「わかりました。ありがとうございます。」


フジサワは器具を片付けながら、独り言のように話し始める。


「内部は色んな部署があるんだけど、アズマくんは確か...501研究室だったかな。」

「501研究室ですか…?」

「うん。確かクジョウ博士のところかな~まあ、詳しくは全部デバイスが教えてくれるから!早速起動してみて、起動の仕方は・・・」

「何かに手のひらを付けるんですよね?」

「驚いた、そこまで知ってるんだ。本当にすごいよ。」

「いえ、このデバイスの研究チームにいたことがあるだけなので。」

「そうか、じゃあ僕が説明しなくても大丈夫そうだね。そしたら、今まで使用していたデバイス端末は内部施設では利用禁止だから、預からせてもらうね。しばらくしたら、また案内役の研究員が来るからそれまで待っててもらえるかな?」

「わかりました。」


アズマは上着のポケットからデバイスを取り出すと、フジサワに手渡す。


「それじゃあ、僕はこれで。もう会えないかもしれないけど、君の健闘を祈るよ。妹さんの分まで頑張ってね。」

「どうして、妹のことを・・・?」

「管理長だから...かな?それじゃあ。」


部屋に入って来た時とは違った憂いのある微笑みを見せると、フジサワは入って来た時と同じ扉へ戻っていく。


アズマは動揺していた。
それと同時に冷静な自分がいるのも分かった。

管理部なら戸籍情報を把握していてもおかしくはない。そう結論付けると、今後の行動には一層気を引き締めることを決めた。


「アズマさん、こちらへどうぞ。」


声の方向に目を向けるとさっきの案内役の研究員が扉の前に立っていた。アズマは椅子から立ち上がると、扉の方へ歩き出す。


(ここからだ、ここがスタートなんだ…)

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