反緊縮派のグラフの読み取りの誤り

反緊縮派を代表する論客の中野剛志が昨年の国会議員相手のレクチャーで初歩的な誤りを犯していたが、同様の誤解が反緊縮派に広まっているようなので、グラフの読み取りの誤りについて改めて指摘する。

54:12~のこのグラフである。

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反緊縮派はこのグラフから「政府支出が経済成長率を決定している」と主張しているが、現実はその逆で、政府支出の増加率は「実物的な生産能力」の増加率(→経済成長率)に制約されている。

予算に「財政的」制約がないからといって、政府ができること(そしてすべきこと)に「実物的」制約がないわけではない。どの国の経済にも内なる制限速度がある。それを決めるのは「実物的な生産能力」、すなわち技術の水準、土地、労働者、工場、機械などの生産要素の量と質である。

まずは政府支出の決まり方について確認する。ある国の経済の実物供給量が100で、そのうち30が政府支出に回り、残り70が民間支出になっているとする(年貢米をイメージするとよい)。

ここで高度成長期の日本のような民間主導の経済成長によって供給量が150に増大すると、普通は民間120+政府30ではなく、民間105+政府45になる(税収も1.5倍強になっている)。防衛費1%枠のように、経済規模の拡大に応じて政府が提供するサービスを拡充させることを政府も国民の多くも支持するからである。そのため、「冷戦終結→軍縮」のような政策の大きな変化が無い限り、「政府の大きさ」を表すGDPに占める政府支出の割合は大きくは変化しない(この例では30%前後)。好況期には低下、不況期には上昇する傾向があるが、景気循環を通した長期ではレンジ推移になるということである。

日本では1955~2000年度にGDPに占める公的需要(政府支出)の割合は15~20%の範囲に収まっている。

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1973年の第一次石油危機を境に、実質成長率は10%前後から4%前後に急低下し、続いてインフレ率も低下した。経済の激変にもかかわらず、GDPに占める公的需要の割合の変化が小さかったのは、国が税収増加率の低下に応じて政府支出の増加を抑制したためである(増税なき財政再建)。経済成長率の低下の原因が供給側にあって需要側の政府支出ではなかったことは明らかなので、因果の方向は「経済成長率→税収増加率→政府支出増加率」になる。

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1985年度には利払費が税収の1/4に達していたので、政府支出の増加率を抑えていなければ、財政赤字拡大→利払費急増→財政危機を招いていたことは確実である。経済の潜在成長率(内なる制限速度)からかけ離れたペースで政府支出を増大させることは、悪性インフレによって財政と経済を混乱させるだけである。

経済がすでにフルスピードで走っているところに政府がさらに支出を増やそうとすれば、インフレが加速する。制約はたしかにある。しかしそれは政府の支出能力や財政赤字ではない。インフレ圧力と実体経済の資源だ。

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以上のポイントは、この期間の日本のような財政運営をすると、名目GDPと政府支出の伸び率が長期ではほぼ等しくなることと、その方向性がGDP→政府支出であってその逆ではないことである。

次に、名目GDPと政府支出の伸び率が長期ではほぼ等しいことの普遍性を、日本を含む6か国の1999~2019年の期間で確認する。GDPを構成する政府の消費+投資を政府支出とする。

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GDPに占める政府支出の割合がレンジ推移していることと、20年間の年平均増加率が近似していることが確認できる(乖離が最大のイギリスでも比は1.2倍未満)。

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名目GDP成長率(y)は国によって異なるものの、政府支出の増加率(x)はそれとほぼ等しいことから、各国の値を散布図にプロットすると直線y=xの付近に分布することになる。y≒xなのだから、相関係数と回帰直線の傾きが1に近くなるのは当たり前である。

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これの国の数を増やしたものが中野が示す島倉原作成のグラフだが、それが意味しているのは各国が「政府の大きさ」が一定の範囲に収まるように財政運営しているということで、日本経済の名目低成長の原因が政府支出の抑制だということではない。グラフは日本経済の名目低成長の原因について何も示していない(なので、財政再建路線が影響している可能性は否定されていない)。

中野は知的能力がかなり高い人物だと思われるが、それでもバイアスが強いとこのような簡単なことすら理解できなくなるのだから、他の有象無象の反緊縮派が反知性主義者になってしまっても仕方がないのだろう。

久保 「アステイオン」(73号)に載ったマーク・リラのエッセイ(「リバタリアンのティーパーティー運動」)でも、右も左も通じて最近のアメリカ全体に専門家にたいする不信感があり、医者や学校教師などいらないという人が多いというようなことが書かれていましたが、経済学者やプロの政治家はいらないという発想もそれに似ています。自分たち自身にたいするたいへんな有効性感覚をもっていて、万能の信念があり、反知性主義、専門家・専門知・プロにたいする蔑視がある。

付録

反緊縮派のミスリーディングな主張には「1995年→2015年の20年間で日本のGDPは20%減少」もあるが、そのトリックはデータを確認すれば一目瞭然。

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実質実効為替レートは1995年が史上最高で、2015年には4割以上減価していた。

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