カズオ・イシグロとイギリス社会の分断

カズオ・イシグロの指摘は目新しいものではない。

俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなどを飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです。
私は最近妻とよく、地域を超える「横の旅行」ではなく、同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る「縦の旅行」が私たちには必要なのではないか、と話しています。自分の近くに住んでいる人でさえ、私とはまったく違う世界に住んでいることがあり、そういう人たちのことこそ知るべきなのです。

"Anywheres vs  Somewheres"のことである。

「リベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々」は"Anywheres"であり、"citizen of nowhere"である。2016年10月の保守党大会で、テリーザ・メイ首相(当時)はイシグロと同じことを言っていた。

Yet within our society today, we see division and unfairness all around. 
But perhaps most of all, between the rich, the successful and the powerful - and their fellow citizens.
But today, too many people in positions of power behave as though they have more in common with international elites than with the people down the road, the people they employ, the people they pass in the street.
But if you believe you’re a citizen of the world, you’re a citizen of nowhere. You don’t understand what the very word ‘citizenship’ means.

問題は、両者が単に分断されていることではなく、「実はとても狭い世界の中で暮らして」いるAnywheresがエコーチェンバー化して、Somewheresに対する憎悪を募らせていることである。「怒り狂った人々」とは自分たちであることをエリートは自覚していない。

<イギリスの予想外のEU離脱は、人々の政治的分断の大きさを見せつけた。保守派とリベラル派との分断ではない。まだ正気の人々と怒り狂った人々、エリートと大衆の分断だ。極右やトランプが無知な大衆をだますなら、目を覚まさせるのがエリートの役目だ>

イシグロはその敵意についても懸念している。

He said they may be concerned that an "anonymous lynch mob will turn up online and make their lives a misery".
"I think that is a dangerous state of affairs," added the acclaimed author, whose works include The Remains of the Day and Never Let Me Go.
政治的・道徳的価値観を異にする者の言論・表現活動に対して「政治的ただしさ」を背景にした攻撃的で排他的な言動をとっていることなど、まさしく現代のリベラリストや人文学者たちが陥っている自己矛盾を、イシグロ氏は端的に指摘している。
自分たちの独自裁量でもって「加害者」「差別者」「抑圧者」などと認定した者であれば、その対象に対する攻撃や排除は、自由の侵害や差別や疎外にあたらず、一切が正当化されるというのが彼らの主張である。

このような現象の背景には、先日の記事で論じた「キリスト教的信念」に加えて、"slower, more contemplative mode of thought"を失った"Shallows"が増え続けていることがあると思われる。

Still, Carr argues that even if people get better at hopping from page to page, they will still be losing their abilities to employ a "slower, more contemplative mode of thought." He says research shows that as people get better at multitasking, they "become less creative in their thinking."

だとすれば、イシグロの呼びかけもむなしく、社会の分断と「加害者」「差別者」「抑圧者」への攻撃や排除を止めることはほとんど不可能だろう。

日本でも同じ動きが急速に活発化していることにも要注意である。

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