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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について。 No.19

COVID-19流行は我が国では一旦収束したが、SARS-CoV-2自体が消えたわけではない。今後も我々はSARS-CoV-2感染の脅威と対峙しなければならない。ウィズコロナ、新しい生活様式、と言った言葉が飛び交う。我々はもう元の生活に戻れないのだろうか? 

戻ることができると私は思っている。COVID-19に効果のある治療法やワクチンが開発された場合、状況は大きく変わる。感染あるいは重症化を止める手段を確立すれば、SARS-CoV-2は「たいしたことはない」ウイルスとなる。今回は、ワクチンと治療薬開発の現状を見てみたい。

なおワクチンと治療薬は異なる。ワクチンとは、不活性化したウイルスやウイルスの一部を人の血液中に入れて、その人に免疫を作らせるものだ。ワクチン接種によって体内で抗体が作られ、ウイルスに感染しても抵抗性ができている。一方、治療薬は、ウイルスの体内での増殖を止めたり、ウイルスによって引き起こされる症状を抑制したりする。

つまり、ワクチンはあくまで人間の免疫に頼るものであり、ウイルスの感染予防に使える。治療薬はウイルスに感染したときに、ウイルスの働きを抑え込むために投与する。このような違いがあることを念頭において、以下を読んで頂きたい。

ワクチン
今世界中でワクチン開発競争が行われている。100以上の開発計画があるという。私が所属する大阪大学は我が国最多の3つの開発計画を進めている。ウイルスのDNAの一部を接種するDNAワクチン、ウイルスの殻だけを再現した粒子を使う手法、不活化したウイルスそのものを使うワクチンである。(リンクはこちら。)

ワクチン開発にかかる期待は大きいが、壁もある。まず良い(=有効性が高い)ワクチンができるかどうか。ワクチンが逆に症状を悪化させるADE(抗体依存性感染増強)という現象も、デング熱ウイルスなどで知られている。

ワクチンは多数の健常人に接種することになるため、ADEを含む副作用の問題をクリアしないと実用化できない。SARS-CoV-2については、パンデミックを起こしているため例外的に実用化が急がれているとはいえ、安全性の検討は慎重にしなければならない。

そうなると、良いワクチンが開発されたとしても我が国における実用化は1年から2年後になるのではないだろうか。この時間の問題もワクチンのネックだ。では、治療薬はどうだろうか。私は治療薬の方が早く有効なものが見つかり、実用化されるのではないかと期待している。

アビガン
まず首相が言及したため注目されたアビガンについては、残念ながら有効性が確認されなかったというニュースが入っている。アビガンには催奇性などの副作用も以前から指摘されており、有効性が明確にならないと治療の切り札にはならないと考える。

トシリズマブ
重篤なCOVID-19患者では、サイトカインストームが生じていると考えられる。サイトカインストームとは、炎症反応を引き起こす体内の物質サイトカインが過剰に血中に放出され文字通り嵐のような状態になることだ。多臓器不全などを起こし場合によっては死に至る。炎症は本来、傷などが生じたときの正常な生体の反応なのだが、それが過剰になると命を脅かす事態ともなる。

このサイトカインのひとつであるIL-6の作用を阻止する抗体医薬トシリズマブ(商品名アクテムラ)が、危篤に陥ったCOVID-19重症患者で著効し(良く効き)救命できたという話を、最近現場の医師から聞いた。また、中国科学技術大学の研究者が、トシリズマブを重症患者21人に投与して、めざましい症状改善効果が得られたと報告している。(リンクはこちら。)

今後研究が進んで、COVID-19の重症例のうちどのくらいの割合でトシリスマブが有効かが判明してくれば、スタンダードな治療法になりうるかも知れない。なお、トシリスマブは阪大のふたりの元総長、岸本忠三博士と平野俊夫博士によって開発され、関節リウマチの薬として世界中で使われている。なおCOVID-19とサイトカインストームの関係及びトシリスマブの有効性に関する学術的な解説を平野先生が自らされているので、より詳細を知りたい方はこちらを読んで頂きたい。

イベルメクチン
ウイルスは、宿主の細胞に侵入して細胞内部で増殖する。細胞の外では増殖できない。そのために宿主に感染する必要がある。SARS-CoV-2の細胞内での増殖を、イベルメクチン(商品名ストロメクトール)という薬が強力に抑制することをオーストラリアのグループが見つけた。(論文はこちら

上記は研究室で培養している細胞を用いた実験だが、ユタ大のグループはイベルメクチンを投与したCOVID-19患者では死亡率が有意に低下することを報告している。(論文はこちら)これだけではまだイベルメクチンが治療薬に使えるか確定できないが、希望が持てる研究成果である。

イベルメクチンは、北里大の大村智特別栄誉教授が発見した抗生物質を元に作られた抗寄生虫薬で、熱帯地域で猛威を振るっていた河川盲目症(オンコセルカ症)や疥癬症などの寄生虫感染症の特効薬として使われ全世界で数億人の規模の患者を救っている。大村博士はその功績により、2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

抗寄生虫薬のイベルメクチンがなぜウイルスに効くのかについてはここでは触れないが、大村博士を擁する北里大学はイベルメクチンの臨床での有効性を検証するために医師主導治験を開始すると発表している。良い結果がでることを期待したい。イベルメクチンはウイルスの増殖を抑えるので、感染初期から有効であると考えられ、インフルエンザ薬のように広範な患者に使えるかも知れない。

今後の展望
トシリズマブやイベルメクチン以外にも、世界中で治療薬の研究は行われている。ただ新薬の開発は時間がかかり、安全性が確認され実用化されるまで5年10年と言う年月が必要である。早期に実用化が必要なCOVID-19の場合、トシリズマブやイベルメクチンのような既存薬に期待が集まる。今回取り上げた2つの候補薬はいずれも日本発であり、我が国の医学研究がパンデミック克服に貢献できれば、同分野の研究者としてこれほど嬉しいことはない。

イベルメクチンの場合、抗寄生虫薬として認可されているので、もしCOVID-19に対する有効性が確認されても投薬には国の新たな認可が必要となる。寄生虫症に対する場合と同程度の量で有効であれば問題となる副作用はないことが判っているので(数億人に投与済みである)、厚生労働省は例外的に迅速な審査を行って欲しい。ワクチンとは状況が異なるのであるから。

その他には、ある種の腸内細菌がCOVID-19に関与する可能性も指摘されており、その場合はその細菌を殺す抗生物質が有効かもしれない。ともかく、世界で展開されている治療薬研究に対し各国政府は十分な支援を行って欲しい。

ところで、元の世界に戻ることについて付け加えると、私はある部分については戻らなくて良いと思っている。不必要な会議など今回のパンデミックで炙り出された我々の社会システムの不合理な部分はこれを機会に捨て去り、禍転じて福となしたいものだ。

冒頭の画像 mohamed HassanによるPixabayからの画像

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