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I.Gログ 第05回「ランチタイム」

「I.Gログ」は、いずれ編纂されるかもしれないプロダクション I.G社史において正式に記録されることもなくただ語り継がれていくであろう昔話しをnoteという形で記録に残しておこうというコラムとなります。
筆者の主観を軸とした、その時、その瞬間の記憶と聞いた話で構成されておりますので、その時々で修正を加えていこうと思います。

文・藤咲淳一(株式会社プロダクション・アイジー 脚本家)

ランチタイム

「今日のお昼、なんにする?」

これは職場で日常的に聞かれる言葉のひとつです。
小学校であれば給食の時間はエンターテインメントのひとつでした。それを目的に学校に行っていた児童もクラスに何名かはいたのではないでしょうか。

人によって、その時間の過ごし方は様々です
手作り弁当を持ってきて食べるもの。
コンビニエンスストアなどで買ってくるもの。
または周辺の飲食店に食べに出かけるものなど、人それぞれのランチタイムが流れていきます。

もちろんプロダクション I.Gにもランチタイムはあります。
I.Gの場合は、昼12時から午後1時まで――といったように休憩時間が定められているわけではなく、だいたいお昼頃になると皆、一時間程度のランチタイムを過ごすことが多いようです。

新入社員などは、新生活の中でこうしたランチのお店を探すのも楽しみのひとつとなるでしょう。

国分寺市から武蔵野市にI.Gが移転してきたときも、皆で情報交換などをしつつランチのお店を開拓したものでした。オリジナルのランチスポットMAPを作って社内に公開している人もいました。
本社の一階にはピッツアレストラン「武蔵野カンプス」が入っており屋外に出ることなくランチを済ませられるので、雨の日などはスタッフたちがランチを取っている様子も見受けられます。

では国分寺時代はどうだったのでしょう?


国分寺のうどん屋さん

一時期、このような噂がI.G界隈には流れていました。

「I.Gが武蔵野に移転を決めたのは、あのうどん屋がなくなったからだ」

あのうどん屋とは2007年10月末まで国分寺駅南口で営業していた「一乃屋」のことです。
石川社長は、 スタッフに話があると、一乃屋に連れていき(または呼び出して)鴨汁うどんを頼んでは、ランチミーティングを行っていました。

筆者も相当な回数、この店には行っています。鶏肉が食べられない筆者ですが鴨肉は美味しくいただきました。

アニメーション制作従事者から見れば、一食あたり1,150円(当時)という金額はランチで支払うには少し悩むような値段設定であります。しかし、これを石川社長がごちそうするという事になれば、その懐事情との天秤にかけつつも、背に腹はかえられず 、そこそこのボリュームのある鴨汁うどんのために、行くしかないわけです。

畳敷きの席に通され、あぐらをかいての待ち時間。
出されてくるお漬物とお茶。(このお漬物がまた美味しい)
おそらくうどんの茹で時間なのでしょう、15分ほど待たされることとなります。

この間に、まったくどうでもいいような世間話が始まったかと思えば、「実はさ」の一言から仕事の話になるのがいつもの流れでした。
こんなところでする話じゃないような重たいものから、本当にどうでもいいような軽い話まで、中身は様々でした。
ただうどんが食べたいから連れ出されたこともあります。

これは今も変わりませんが。

そして話の山場を迎えた頃に、ざるの上にこれでもかと盛られた白いうどんが出されてくるのですが、手切りのためか、麺の太さには多少のばらつきがあります。
熱々なつけ汁は濃厚な醤油味。味の染みた大きな鴨肉と長ネギが浮かび、食欲をそそります。
カテゴリーとしては武蔵野うどんに入るような気もしますが、うどんの麺そのものは白くなめらかで地粉の色がまじった黒さはありません。

市川の蕎麦の研究会との縁があると耳にしたこともあります。

うどんが出されてきたら、ただひたすら食う。

今なら「映え」を狙っての撮影とかするのでしょうが、当時はそんなツールがあるはずもなく、ただひたすら目の前のうどんを食す。
これがうどん屋に対する礼儀です。

うどんを食べ終え、濃すぎたつけ汁が薄くなった頃に熱い蕎麦湯が運ばれて来ると、それを飲みながら打合せが再開されることとなります。

こうしてうどんを囲みながら話し合ったことで動いた案件がI.Gにはあるのでした。

今になって考えてみると、店名に「禅味」「手打ち蕎麦」と書かれていたような気もするのですが、蕎麦を食する機会がほとんどなかったことが悔やまれます。

うどんだけではないあの頃のランチタイム

鴨汁うどんのお店はある意味、石川社長と話をする場としてのステイタスを持っておりましたが、国分寺にはそれ以外のランチ処もたくさんありました。

INGスタジオの通りにあった中華屋さんや、駅前の通りに面した蕎麦屋さん。更にスーパーの脇道を入ったところにある蕎麦屋さんも人気でした。

昔からあるイタリアンレストランも人気でした。パスタが人気でしたが前菜なども美味しいものが多いお店です。

目黒の名店と同じ名前を持つとんかつ屋さんは、カウンターの向こうから、おかわりのキャベツを問答無用で載せられるスタイルが印象的でした。

本社の裏手にあったランチが提供される喫茶店も皆が通うお店のひとつでした。パンなどを売っていたりもしましたが、どちらかといえばランチのお店という認識が強い場所でした。

少し離れたところにあるフォークソングライターが店主のカレーの美味しい名店もあれば、若者たちがどこにランチに行ったのか食後の匂いでわかるスタミナ丼のお店も愛されていました。

国分寺駅北口にあるタイ料理のお店も激辛な味を求めて通っている若者が多かったと記憶しています。

もちろん、店で食べるばかりでなくテイクアウトできるお弁当屋さんもありました。ミックスフライ弁当がAからGまである幅の広さが特徴的なお店でしたが、安価なのり弁率が高いのは察してもらえればと思います。
もちろんそのまま職場に持って帰って、仕事をしながらのランチタイムとなるのですが。

「今日のお昼、なんにする?」

この言葉によって心ときめく時間にするか、悩ましい時間にするかはその時々のシチュエーションで変わりますが、それでもその瞬間、美味しいものや、お気に入りのものを食べて過ごせる心の余裕が生まれることを願っています。

以上、I.Gログでした。

I.Gログは不定期更新となります。