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『I.G交差点』ひとりめ: P.A.WORKS 堀川憲司代表取締役 (第2回)

horikawa_胸像

PA_rogo_切り抜き

――『I.G交差点』堀川さんのインタビューの続きとなります。
第1回はこちらから。


人が育つために、会社としてやるべきことは

――――:P.A.WORKSさんの作品って年々、「華」のようなものがあって、よくできてるなと思いますけど。

堀川:どうなんだろう? 僕が上京して最初に入った孫請の小さな制作会社では、原画もほぼ海外だった。業界のことも制作のいろはもわからなくて、どこでもこうやってアニメは作られているんだと思っていた。その後タツノコに入って優秀な原画マンってこんなにカッコいい絵を描くんだということをいっぱい見て学んで『新世紀エヴァンゲリオン』を経て、次にI.Gで『人狼 JIN-ROH』の現場を担当して、どんどん原画に対して目が肥えて来たから、今の現場で原画に触れていれば作画表現のレベルでは個人的な思いはあるけれど、僕の思いだけで負荷を現場にかけたところで潰れるだけだとわかっているから。今のレベルがこれくらいなら別の戦い方をしよう。それで、時間をかけてレベルの高いものが出来るように育てていこうというつもりはありますね。

――――:人が育っていくことは難しいですよね。

堀川:ほんとに何十年かかるんだよって話ですよね。

――――:社長である以上、経営の難しさと両立させなくちゃいけないですよね。

堀川:そこは難しい。アニメーションの制作の状況が厳しくなってきたと感じるのってここ5年くらいかな? たぶんそれぐらいからどんどん制作現場の状況が厳しくなってきて、それまではきっちりと作っていればなんとかなったんだけど、大きくヒットして跳ねないにしても、制作予算から足を出さずに作れていましたから。

堀川:ここ5年くらい、これだけ人が集められないと、スケジュール管理が難しい。人の確保が難しい中で、作れば作るほど、どんどん予算からはみ出すのって最近ですよね。これでどうやって作り続けるんだっていう葛藤はあります。

――――:東京でも人材の確保は課題ですからね。P.A.WORKSさんとして、どれぐらいの人材を確保ができたら理想的ですか?

堀川:まずは作品中、7割の作画と演出を社内制作っていうのを目標にしたいかな。100%社内の内製にしちゃうと、新しい表現の刺激が入って来づらいだろうから、7割、8割の人材が中にいれば理想かな。でも実際はまだその半分くらいの量だと思う。

――――:具体的に言うとどんな感じが理想ですか?

堀川:例えば、今は一作品の中の一話300カットに対して半分のパートを社内の原画マンに、残りの半分をフリーに割り振る。そうすると全体の5割の社内のパートはひとり50カットとして3人でやれるかな。社内なら作品の掛け持ちはなくて、1日でまとめて作打ち(作画打合せ)をしたら、翌日から一斉に作画スタートして、どんなペースで誰が何カット上がるかがだいたい読めて、そんなに遅れることはない。この半パート担当する原画チームが作品の最後までローテーションで参加できると、かなり制作スケジュールはきれいに管理できてクオリティーも安定する。半パートで5割の作画担当が現在できているとして、これを数年後に7割を担当することができるようになれば、スケジュール管理的にもクオリティー管理的にも充分安定するので、テレビシリーズはそういう体制で作っていければいいかなと思っています。

――――:僕はテレビシリーズは人を育てられると思っているんですが、堀川さんはどう思われます?

堀川:人を育てるというのはどこからどこまでにかによるかな。新人原画マンが戦力になるには3年は必要だと思う。2クールくらいだと育つというよりも、キャラクターに慣れてキャラ表を見ずに描けるようになるだけだと思います。

――――:経験値というか、フィードバックのようなものがあって、育てていく過程というものが取れる仕事の体制をP.A.WORKSさんは作品を変えながらでもやっていると僕は感じているのですが?

堀川:これは難しいというか……、僕も考えていかなきゃいけないこととして話します。若手を今、育てているのだけれど、若手を育てるのに適した作品というものがあると思う。例えば、京アニ(京都アニメーション)さんのような作品を「ぽん!」と受けて、あの質を求められたら若手に数を描けと言っても難しいじゃないですか。

だから原画の新人に近いような人が、まずは動かすというか、こういう原画を描いたらこんなアニメーションの効果があるんだ――ということを2クールとか、4クールの中で覚えられるものが育成には適していると思う。具体的にはデザインの情報量が少なくて、表現の許容範囲が広くて、動かして効果を学べるような作品というものがあるので、そういう制作ラインが一本できるといいなと思っています。

会社の中に劇場の班があってもいいし、深夜のコアなアニメファンに向けて作る班があってもいい。アニメーターがキャリアによって社内のいろいろな作品に参加しながら、どんどんスキルが上がって行くようなことができたら理想的だと思っています。

――――:I.Gに昔、『クレヨンしんちゃん』のラインがありましたけど――。

堀川:しんちゃんはオーソドックスなものを学ぶ新人には特殊すぎるかな(笑)。I.Gが劇場作品をメインで作っていた頃だと、当時の若い原画マンたちがそっちに参加できずに、テレビを中心にやっていたジーベック作品に参加してバリバリ鍛えられたことがあったけど、あれがよかったのかもしれない。OVAとか押井さんの劇場作品には参加できないけど、シリーズで鍛えられて上手くなるという別の受け皿がある体制がよかった。

――――:受け皿って大事なんですね。

堀川:新人たちがその時点での力量で、のびのびと成長しつつ、ビジネス的にも採算が取れるファン層に向けた作品とはどういう企画なのかを考える必要はあるけれど、P.A.WARKSは、会社のカラーとして、こういうものだけを作るということはないので、いろいろやってみようかなと思います。

『人狼 JIN-ROH』で学んだのは動画の重要性

――――:P.A.WARKSさんは劇場作品も手掛けはじめましたけど、堀川さんにとって最初の劇場作品となった『人狼 JIN-ROH』ってどうでした?

堀川:あの頃、僕はラインプロデューサーだったけど、年齡は33歳くらいだったのかな。制作としては一番楽しかった時間でもあった。35歳で富山に戻って会社を作ってるはずだから、一番、作品一本一本に自分の情熱をかけられた時期だったと思います。今は経営とか組織作りとか、別のことも考えなきゃいけないので。当然、当時も予算を守ることは考えていたけど、それでも作品のことだけを考えて作らせてもらえた。作品を作ることだけに時間を割いてやらせてもらえたというのは、制作としては大変でも一番楽しく幸せだった時間じゃないかな。

――――:でも『人狼 JIN-ROH』って沖浦さん初監督じゃないですか。神山さんも、西尾(西尾鉄也)さんも若手で、一本作ったのはすごいなと思いました。

堀川:あの作画のクオリティーで、あの物量を作り上げるのは今でも難しい。あれをやってた人たちも今はみんな50代くらい。育ち盛りの30代の若手たちで作るって言うのは、とてもいい経験はさせてもらえた。でも、当時自分たちを若手だとは誰も思っていなかったと思うよ。みんなで「最近生きのいい若手の原画マンが出てこないね」なんて話をしていたくらいだから。

――――:あの頃の思い出ですけど、裏紙用に使われた路面電車の3D参考のプリントが社内にいっぱいありましたねえ。

堀川:ははは! あんな電車がちょっと曲がるだけの動画を国内で撒いたら1週間以上かかった気がする……。

――――:ハイカロリーですね。

堀川:そうそう。沖浦さんがイメージしている緻密な動画割の崩れは僕らが見てもわからないという。微妙な崩れに全部リテイクが出る。でもね、今は求めることも難しくなっているけど、やっぱり作画のフィニッシュは動画のクオリティ ーを守るということをもう一度見直さなくちゃいけない。今は動画撒きは海外がほとんどになっているので、アニメーションとして原画だけじゃなく動画の質までしっかり拘るのは難しくなっているけど、それができる体制を内部に持った制作会社にしないと、映像の質を保つのは難しいだろうなと最近思っています。

――――:僕も監督時代に動画検査の方々のありがたさが身に沁みました。一番欲しい人材です。

堀川:だからかな。最近、いろんなところで動画の社員雇用を始めたり、拘束契約にしてるのって。動画が一番食べられないセクションだったけれど、それがアニメーション制作にはとっても大事なんだと、見直され始めている。制作費が以前に比べてここ数年で上がってきたこともあって、雇用形態を変えることが可能になってき始めてる。動画全部を社内でというのは無理でも、制作会社によってはしっかりそこを育てて行くというか、守るという会社はできてきてるんじゃないかな。

――――:P.A.WORKSさんもそうなんですか?

堀川:実は今、P.A.WORKSに動画マンはほぼいません。

――――:え!?

堀川:動画検査はいるけれど、いろんな事情があって、一度、動画を育てることを諦めました。急がば回れと思って3年前に優先順位を一旦下げました。ようやくここへ来てそれを見直せる足場が固まってきたかな。なので現在、動画のプロを社員として募集しています。何年かかるかわからないけど、動画部復活計画を立てたところ。

それには理由がふたつあって――。

アニメーターを社員にした3年前、新人動画マンの描ける枚数から単価換算するとTVシリーズの動画の4倍くらい必要になることが分って、制作費的にも経営的にも厳しすぎた。

それよりも問題なのは、社内に動画が10人とか15人いたとしても、制作部にスケジュール管理能力がないと残念ながら動画期間を確保できなくて、結局、スケジュールの尻に固めて海外動仕撒き(動画と仕上げを他社にお願いすること)になってしまう。そうなると社内の動画マンは、海外動画のリテイク対応班になってしまう。内部の動画から、自分たちは動画をちゃんとやりたいのに、リテイク動画の直しばかりだと不満が溜まっていた。だから動画マンのチームを作る前に、まず制作が力をつけて、社内の動画マンに動画の仕事を安定供給して、自社の動画をしっかりやってもらえるようにならなきゃだめ。動仕撒きのデッドラインからスケジュールを逆算するような管理しかできない制作能力のうちは、社内に動画マンがいくらいても制作に海外作画リテイク対応要員として便利に使われるだけだと思った。

なので3年前に優先順位を上げたのは、内製による原画スケジュールの管理なの。社内の原画マンがスケジュールに遅れることなく上げてくれて、作監(作画監督)もコンスタントに上げてくれれば、スケジュールの尻に固めず安定して動画が供給できるようになる。それを可能にする流れがだいぶ見えてきたので、もう一度動画部を復活して最終工程までクオリティーを保つという現場にできるかな――と言うのが今かなと。

――――:制作力。興味深い話ですね。でも、育ったら育ったで辞めていったりしますよね。

堀川:I.Gも僕が知っている制作はだいぶいないんでしょう? 僕も最近のI.G全然わからないし。I.Gの制作の女の子はハイヒール履いてる子もいるって聞いたりしたよ。

――――:確かにいました。よく知ってますね。

堀川:(笑)


第3回につづく(全4回)

[ゲストと聞き手]
ひとりめ 堀川憲司さん(株式会社ピーエーワークス 代表取締役)
聞き手 藤咲淳一(株式会社プロダクション・アイジー 脚本家)

『I.G交差点』とは……

Production I.Gのnoteをスタートしようとなったときに、作品の公式サイトでも、I.Gの公式サイトでもない、noteという媒体で何を伝えたいのかな考えました。
作品のことでもなくて、単なる企業の今を伝えるということでもないな、そうぼんやり思いました。じゃあこの場では何を発信したいのか?考えて、考えた結果、もっと内側の「人」のことを伝えられないか、と思い立ち動き出したのが「I.G交差点」です。
ものづくりの会社には毎日たくさんのスタッフが出入りします。ずっとI.Gにいる人もいれば、今日新しく入ってくる人、そして、新しい場所へ向かう人もいます。
人が行きかう「場」としてのI.Gの輪郭を、様々な立ち位置の方たちからインタビュー形式でお話しを伺いながら、見つけていきたいと思います。

記事公開日:2021年1月29日