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金髪チート説


9月の終わり、29歳になった。

29歳。
29歳。
ずしん、とくる重さ。

もう来年には30歳になる。

30歳だなんて、遠い遠い未来の話だと思っていた。なんなら、もっと大人なナオンになっているはずだった。

ところがどうだ、やっていることは19歳の頃の自分となんら変わらない。夜中にタバコを吸いながらゲームしている。強いて言うなら、納期という仕事に追われているくらい。


20代、終わりの始まり。


20代のうちにやり残したこと、何かないだろうか。そう考えて、まず一番はじめに浮かんだものを衝動的にやってみた。


「そうだ、金髪にしよう。」

京都に行こう、くらいのテンション感で。

数時間後、仕上がった頭を見ながらニコニコと実家の美容室を後にした。ありがとうオカン、オトン、そしてスタッフのひろみ姉ちゃん。割と悪くないじゃないの。新境地開拓である。


はじめましての金髪ともだいぶ距離が縮まってきたある日、とある案件で出張に行くこととなった。片道3時間。それでいて日帰りコースという、なかなかシビれる日程。


行きの運転中は、さほど苦ではない。


どんな話をしようか、どんな流れで進めていけば本音を引き出せるだろうか。ロープレしながら走れば、割と目的地まではすんなりだ。

この日も無事に取材を終え、一安心。
自宅に帰るため、片道3時間の帰路についた。

が、問題はここで発生した。

野生のヒグマとエンカウントしそうな峠道、急カーブの直前で、レンタカーが止まっていた。ノーハザードで。


おおおおお、危ねぇ。


とりあえずの急ブレーキ。少し待ってみたけれど、動き出す気配はまるでない。なに考えてるんだコイツ。軽く挨拶程度のクラクションを鳴らして、追い抜かすことにした。

真横を通り過ぎ、レンタカーの前に踊り出る。

その瞬間、ものすごい速度でレンタカーが追い上げてきた。


そう、29年生きてきて、人生初めての煽り運転体験である。しまった、キッザニアで予行演習しておくべきだった。


詰まる車間距離。止まないパッシング。しまいには小刻みに歌うクラクション。

さすがに焦る。

わたしの助手席には誰もいない。信じられるのは自分だけ。これは?あまりに続くなら警察案件か?でも電話をかける余裕もないぞ、事故る。どうする!どうする俺!!!!!!!

白昼堂々のカーチェイスを繰り広げる。
体感時間にして数時間。実質時間は多分3分くらい。

うん、ちょっと待て。

わたし悪くないよね???

煽り運転をされるような筋合いはまるでない。
悪いのは急カーブが続く山道で、ハザードも付けずに、路肩に寄せるわけでもなく鎮座していたあなたではないか。物想いに耽っていたのかもしれないけど、ごめんね自宅でやってくれ。


山道を下る車2台。
その間も煽り運転は終わる気配がない。


だんだんイライラしてきた。


市街地手前の赤信号で、ようやく静止する。
もちろん、レンタカーはしっかりと車間距離を詰めてくる。え、なんなんですか?もしかして「車間距離は30cmにしなければいけない」っていうタイプの教習所でした?それってどこの国ですか???

煙草に火をつける。
換気のため窓を開けると、レンタカーも窓をあけているのか軽快な音楽が聞こえてきた。

オメェ、人のこと煽っておいてノッてんのかおい!!!


とうとう沸点を超えた私は、気がつくと運転席のドアを開けてレンタカーに向かって身を乗り出していた。


「車間距離開けろ、タココラァ!!!!!!!」


あらやだ。
最終在学校では「教養学科」だったはずなのだけれど、どうやら学びきれなかったようだ。ごめんあそばせ。来世に期待。

レンタカーの運転席に座っていたのは、親世代のサラリーマン風の男性だった。キョトンとした顔でこちらをみている。金髪くわえ煙草アラサー女に怒鳴られたら、そりゃその顔になるよね。ごめんごめん。ストレス溜まってたんやな、中間管理職か?毎日お疲れ様です。

青信号になったあと、スッとレンタカーは離れていった。


冷静になったあと、「相手によっては事件になったな、まずいまずい」と反省したのと同時に、「これ金髪だったのも結構効いただろうな」とうなずいた。

金髪は、煽り運転から救ってくれるチートなのかもしれない。



たぶん、そんなことはない。



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