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諭吉と樋口、ときどき野口

怒り、悲しみは第二感情と呼ばれるものらしい。

ざっくりいうと、「こういう風になってほしい」「相手にこうしてほしい」という自分の欲望からくるものらしい。子どもが親にお菓子を買ってほしいと泣く、これと同じ原理だ。

例えば、子どもの帰りが遅くなって親が怒るなんてケースがあるとしよう。
これは「どこに行っているか心配だった」「事件や事故に巻き込まれたのでは」という不安からくる第一感情、それが怒りという第二感情にメガシンカするというわけだ。なるほど。


ある日の夜、私は駐車場の精算機の前で怒りに震えていた。右手に五千円札を握りしめながら。


入らない。精算機に。


紙幣入金のところには「高額紙幣不可」の文字。
どうやらこの四角い箱に吸い込まれるのは、野口パイセンのみらしい。樋口と諭吉が泣いているだろうが。見えんのかこの涙が。私にも見えねえわ。

最近入れ替えた財布の中を開いてみても、野口は不在のままだ。ついさっきまで居たような気もするが、どうやら長期休暇に出掛けているらしい。小さな財布にしたもんだから、小銭でパンパンになるのが嫌で100円玉も入っていない。

近くのコンビニで崩そうかと考えたものの、歩いていくにはやや時間がかかる立地だった。ああめんどくさい。


ねえそもそもさ、高額紙幣のジャンルに五千円って入るわけ?


一万円札が高額紙幣、これはわかる。だって一番高いもの。でも日本の紙幣はたったの4種類しかない。しかも二千円札なんて、滅多にお目にかかるものではないのだから実質3種類だ。その3種類のうち2つが高額紙幣で、千円札のみが小額紙幣なんてバランスが悪すぎる。五千円札は「そこそこ紙幣」とか、「まあまあ紙幣」に変えるべきだ。


と、いくら文句を言ったところで私の樋口をこの精算機は吸い込んでくれない。仕方なく、最寄りのコンビニにとぼとぼ出向いて行ってコーヒーとタバコを買う。悔しい。


改めて精算機と対峙した私は、ようやく手にした野口2枚を差し込む。
ウイイィンと動き出した機械。領収書ボタン。精算機が勢いよく、お釣りと領収書を吐き出した。


全部100円玉で。


瞬く間に私の小さな財布はパンパンになり、閉まらなくなった。


怒りに打ち震えながら、ホッケの開きならぬ財布の開きと共に車に乗り込む。どうしてこう上手くいかない。私は小銭も増やしたくないし、樋口でどうにかしたかったのに。どうしようもない第一感情である。


エンジンをかける。駐車券を挟んでいたクリップにふと目をやると、二つに折り畳まれた野口が薄ら笑いを浮かべていた。


お前、ここにおったんかい。


追記:
入れ替えた財布は、後輩クリエイターに教えてもらった北海道のオリジナルブランド。手におさまる大きさで、コンパクトで使い勝手がいいので気に入っている。はじめは長財布と併用していたが、最近はこれしか使っていない。
https://kasane-th.com/



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