M-1グランプリについて②

ここからは、2021年大会の決勝(と敗者復活戦)を見た感想を各組ごとに書いていく。

あらかじめ断っておくが、僕はライブに週3回通うようなコアなお笑いマニアではないし、特定のコンビの大ファンでもない。また、プロの漫才師どころか舞台に立ったこともない素人なので、お笑いを順位付けできるような立場にもない。あくまで一人の視聴者、一人のM-1ファンとして素直に思ったことを書く。

M-1を見ていると、Twitterで偉そうに各組に点数をつけて公開したり、ヤフコメで偉そうにネタをこき下ろしたり、あるいは贔屓の組が思ったような結果を出せなかった腹いせに他の組を攻撃したりといった方々が毎年山ほど観測される。こうした連中の文章には、漫才師に対するリスペクトが圧倒的に欠落している。もし僕の文章にファイナリストへのリスペクトに欠けた部分が少しでもあれば、すぐに教えて欲しい。

また、各コンビのネタは大会公式YouTubeに投稿されているので、ぜひ見てから読んで欲しい。

ファーストラウンド

①モグライダー

トップバッターのモグライダーは、お笑いファンや芸人の間では絶大な評価を集めるコンビだ。僕も楽しみにしていたが、想像していたよりさらに何倍も面白く、驚いてしまった。一番手としては歴代最高得点だったとのことだが、実際のウケ量でも間違いなく近年で最高のトップバッターだったと感じた。

ともしげさんが何かをしようとするが上手くできず、芝さんがツッコミを入れる、というのは、モグライダーのネタにおけるお決まりのパターンである。「美川憲一さんって気の毒ですよね?」「蠍座の女以外の可能性を全部消したい」というパンチの効いた導入から、多くを説明することなく芝さんが歌い出し、最初の「射手座の、男ですか?」という質問で観客がこの漫才のシステムを理解する。ここまでくれば、あとはともしげさんがどれだけ噛もうが、くだりを間違えようが、芝さんの対応次第で絶対に笑いを起こせる。素人目に見ても、よくできたシステムだよなーと思う。逆に、今回のようにともしげさんが(焦りながらも)完璧にネタをこなした場合も、素晴らしく完成された漫才という印象を見る人に残すことになる。

個人的に一番笑ってしまったくだりは、「あ!美川さんだ!美川さん美川さん!」「もったいないんだよこの時間!」というやりとり。ともしげさんのバカっぽさもあって、実際にこういうシチュエーションが(絶対にありえないが)あったら、本当に言いそうな感じがして笑ってしまった。「美川さんの職場にお邪魔してる格好なんだから…」とか、芝さんがちゃんと美川さん側に配慮してるのもバカバカしすぎて最高だった。

とにかく、最高のトップバッターだったと思う。「漫才サミットのオールナイトニッポン」でも「伊集院光の深夜の馬鹿力」でも絶賛されていた通り、順番さえ良ければ優勝すらありえた気がする。もともとカズレーザーをはじめとする地下芸人から「天才」と崇められているし、ランジャタイ伊藤がコラムで言っていたように、とんでもない勢いで売れてしまうのではないだろうか。


②ランジャタイ

2番目は、視聴者全員にとんでもないインパクトを与えたランジャタイ。彼らのことが頭から離れなくなってしまったのは、1週間経ってもTwitterでランジャタイの話ばかりしている志らく師匠だけではないだろう。
かく言う僕も、今大会ですっかりランジャタイのファンになってしまった。もともと彼らのYouTubeチャンネルは登録していたし、平場もネタも面白いなーと思っていたし、「ランジャタイもういっちょ」もよく見ていたが、ここまで魅了されてしまうとは思わなかった。

なんなら、「面白いけど、流石に決勝は行かんやろ」くらいに思っていた。彼らのネタは、昨年漫才論争を呼び起こしたマヂカルラブリーと比べてもなお何百倍も荒唐無稽である。全くもって脈絡などないし、ネタの8割は国ちゃんの奇声とマイムで構成される。ツッコミの伊藤ちゃんはそれを横で見て軽いリアクションを取るだけ。「漫才か、漫才じゃないか?」という論題を彼らのネタに関して検討すれば、ファンもアンチも満場一致で「漫才ではない」「漫才なわけがない」と言う結論に至るだろう。

それでも、ランジャタイは準決勝で圧倒的な爆笑を起こし、決勝の舞台に上がってきた。決勝進出が発表されたその時からお笑いファンは騒然、「ランジャタイ見て頭抱えるえみちゃんが見たい」「ダントツの最下位取って欲しい」「敗退コメントでめちゃくちゃふざけて欲しい」などの声が巻き起こった。実際のところ、全ファンの期待に大きく応える形になったのではないだろうか。

待機ブースと廊下でのボケ、登場シーンの背中ポン、圧巻のパフォーマンス「風猫」、ネタ終わりファンファーレが鳴らず不思議そうに振り返る二人の顔、点数発表のリアクション、暫定ボックスでの巨人師匠との絡み、敗退コメント、全て最高だった。富澤さんの「決勝だぞ、お前ら!」、松本さんの「見る側の精神状態によりますよね」、上沼さんの「ランジャタイの時は気絶してましたから」、志らく師匠の「最初はふざけんなと思ったけど、よく考えたら漫才ってふざけるものなんだなと。ゼロか100かの評価じゃないですか」という各々の審査コメント全てに「そうなんだよなあ!」と、深くうなずいてしまった。何より、国ちゃんが本当に楽しそうで、そして伊藤ちゃんが(ネタも書いてないし本番遅刻したくせに)終始悔しそうで、二人を決勝で見れて本当に良かったなあ!と、大会後も余韻でいっぱいだった。

大会後、Twitterを見ると、「ランジャタイ最高」がトレンド入りしていた。2020年の敗者復活戦で「国民最低」をトレンド入りさせて話題になった彼らが、一年後の決勝の舞台で国民から「ランジャタイ最高」と言われる構図は、全お笑いファンの胸を熱くする展開だった。

また、ランジャタイのお二人はどちらもとんでもない文才の持ち主なので、コラムやnoteを是非漁ってみて欲しい。Twitterなどで検索すればいくらでも絶賛の声と共にリンクが貼られているのが見つかるだろうから、あえておすすめの回などは書かないが、めちゃくちゃに感情を揺さぶられるであろうことは間違いないと思う。

最後に、彼らの戦友である金属バットについても一言だけ書きたい。この後、ハライチについての感想でも述べるが、金属バットは惜しくも敗者復活二位となり決勝戦の舞台に立つことができなかった。ランジャタイとは同期で定期的にツーマンライブをやってきた仲でもあり、かつ今年の準決勝では、奇しくも直前出番で圧倒的にウケたランジャタイの煽りを食うことになった(らしい)金属バット。ランジャタイにとって、今大会で唯一心残りになったのは、「決勝で金属バットと戦うことができなかった」ことかもしれない。ランジャタイの二人は、決勝の直前インタビューでも「金属バットは必ず敗者復活戦を勝ち上がってきます」と断言し、決勝後のぽんぽこ生配信でも「金属バットもね…一緒に出たかったね…」と、心底悔しそうに語っていた。

2022年大会は、金属バット・ランジャタイの両者にとってラストイヤーとなる年である。決勝で二組が戦う姿を見たいという想いを抱くファンは、決して僕だけではないと思う。


③ゆにばーす

「M−1で優勝したら芸人を辞める」。

ゆにばーすのツッコミ・川瀬名人がそう公言していることは、もはやかなりライトなお笑いファンにとっても常識となった。

2017年、2018年と2年連続でファイナリストになるも、翌2019年は準々決勝で敗退。2020年は準決勝で敗れ、敗者復活戦でも惜しくもインディアンスに届かず。3年越しに決勝の舞台に戻ってきた二人のパフォーマンスは、何度も何度も改良を重ねてきて最高の出来に達していたように見えた。僕はゆにばーすのネタを生で拝見する機会がこれまでに四度ほどあり、どの回も大ウケだったが、どの日と比べても今日の完成度が段違いであることは素人目にも明らかだった。

ネタの出来栄えに比べて得点が638点とやや伸び悩んだ理由は、川瀬名人が反省会で「ファクターX」と言っているくらいだし、素人の自分には分かるべくもない。上沼さんに「完璧でしたよね」「どっこも噛まないし、抜群の出来だったと思います」と言わしめる完成度、礼二さんや松本さんに「めちゃくちゃ上手くなってる」と称えられる明らかな進化。きっと川瀬名人は、来年優勝するためにもっともっと進化させたネタを作ってくるだろうし、はらさんもどんどんパワーアップしていくに違いない。

僕は鬼越トマホークのYouTubeとかで見る川瀬さんが好きなので、彼が芸人を辞めると思うと寂しいが、ラストイヤーまで7年を残して決勝3回という実績を考えれば、遅かれ早かれ芸人である彼を見ることはできなくなるのだろう。来年も楽しみにしています。


④ハライチ(敗者復活)

決勝メンバーが発表された時から、今年の敗者復活戦は本当に熾烈な戦いになると言われていた。

それもそのはず。準決勝敗退メンバーには見取り図・ニューヨーク・ハライチ・東京ホテイソン・からし蓮根・さや香という6組の元ファイナリストが名を連ねる。他にも、アルコ&ピースやアインシュタインなどテレビでも人気のベテラン芸人や、金属バットや男性ブランコなど「今年はいくだろう」と予選の段階で囁かれていた漫才師も交えての戦いになり、誰が復活しても全くおかしくない状況だった。

そんな熾烈な戦いを制して決勝の舞台に戻ってきたのが、今回が五度目の決勝となるハライチだった。

敗者復活の結果については、「人気投票だ」とか色々言われているが、多少そのような側面があったにせよトップクラスのウケだったことは確かだと思う。それで言うと、二位の金属バットにも熱心なお笑いファンが多く、少なからず人気票も入っているだろうし。めちゃくちゃ面白かったしめちゃくちゃウケていたのに結果が全然だったのは、敗者復活6位に終わったマユリカくらいだろう。ちなみに、僕はマユリカ→ハライチ→金属バット→男性ブランコの順に面白いと思ったので、結果には何の不満もありません。

ハライチが敗者復活戦で披露した漫才の後半は、岩井さんが全く返事をせず、澤部さんがそれに怒り続ける、という構成だった。あのフォーマットであれだけ面白く出来るのは、澤部のキャラクターと二人の技術あってのことだと思う。面白いなー、決勝でもこれやるのかなと思っていたが、決勝の舞台で披露したのは、大きく異なるネタだった。

普段のハライチの漫才とは違い、岩井さんが感情を爆発させる漫才。松本さんが「これだけ手の内がバレてるハライチが、また全然違う面を見せてくれるのは、すごく感動した」とコメントしていたが、多くの人がこのコメントに共感しただろう。一方で、伝わりづらいネタであったこともまた確かだと思うが、まあとにかく岩井さんがやりたいネタが出来たこと自体は良かったのではないだろうか。

大会後に多く見られたハライチへの批判として、「大会を舐めている」「ハナから優勝を狙っていない」というものが多く見られた。たしかに、そのように見える態度もあったかもしれないが、放送後の「ハライチのターン」を聞いた人であれば、少なくとも「大会をリスペクトせず、本気で挑んでいない」と感じることは無いのではないか。M−1と自分たちの歴史を語る二人の声にはいつになく熱がこもっていたし、「やっぱり俺たちはM−1で優勝できるコンビじゃなかったんだ」という岩井さんの言葉からは、清々しさと同時に切なさが感じ取れた。「ネタが面白くなかった」というのは個人の感想だから間違いも正解もないが、「大会を舐めている!」と決めつけてしまうのは少し違うんじゃないかな、と個人的には思ったりもする。

逆に「これは言われても仕方ないよな」と思う批判は、ネタ時間が5分を超えていたことに対する批判である。なぜなら、規定を1分もオーバーすることが許されるのであれば、他の組よりも1つ多く展開を用意することができ、公平性に欠けるからだ。ただ、審査員である塙さんはタイムオーバーを理由にしっかり減点したことを自身のYouTubeで明言しているし、そこまで「制限時間は破った者勝ち」という状況にはなっていないと思う。また、過去には笑い飯や和牛といったM−1を代表するコンビもタイムオーバーで物議を醸しているし、今回の決勝でもタイムオーバーしたのはハライチだけではない。より公平性を担保する仕組みを大会側が設けるのかどうか、今後注目したい。

今回の決勝におけるハライチに関して賛否が分かれることは避け得ないとしても、旧M−1から合わせて5度にわたり決勝の舞台を盛り上げた彼らが大会の功労者であることに否定の余地は無いと思う。孤独と戦いながら、間違いなく大会の歴史の一部となった二人のM−1卒業後の活躍が、ますます楽しみだ。


⑤真空ジェシカ

ついに念願叶って準決勝に!と思っていたら、瞬く間に決勝まで行ってしまった真空ジェシカ。個人的に、決勝で見るのが最も楽しみだったコンビの一つだ。

披露したのは「一日市長」のネタ。順番も悪くなく、ネタもいつも通り面白く、ウケも上々だったように感じた。僕は家族と一緒にM−1を見ていたのだが、全員が一番笑っていたのは真空ジェシカのネタかもしれない。特に、「おばあちゃんはみんな文系」「ボクのせいで今年の駒沢が舐められている」「ハンドサインでヘルプミーってやってた!」あたりは、決勝全体を通してもかなり好きなくだりだった。

審査員の多くが「センスがある」とコメントしていたが、僕たち一般視聴者の大半もネタ中に同じ感想を抱いたに違いない。素人目にも圧倒的な構成の美しさと一つ一つのボケの強さ。もし友達に「真空ジェシカが面白かった」と言われたら、「数年前から好きだった!」と自慢したくなってしまうコンビだ。真空ジェシカにはやたら通ぶったファンが多いが、そりゃこれだけセンスのあるコンビを早めに見つけたらみんなに言いたくなるのも無理はない。これからメディア露出が増えるにつれて、ますますファンが増えていくだろう。同時に、みんなが知らないコンビを推して優越感を得たい「だけの」人は、新たに推す若手を探し始めるのかもしれない。

また、川北さんは僕の通う大学のお笑いサークル「o-keis」の出身なのだが、初のM−1ファイナリストとなり、o-keisに所属する知り合いが大変喜んでいた。令和ロマンやストレッチーズなど前途有望な後輩たちに先駆け、母校初のM−1王者となってほしい。

最後に、絶対に書きたいのが敗退コメントについてだ。M−1の敗退コメントは、過去にあの千鳥やかまいたちでさえめちゃくちゃに滑ったことがあるように、ウケる方が珍しいと言っても過言ではない(そもそもボケない組も多い)場である。僕は過去のM−1グランプリの映像を全て複数回通しで見ているが、敗退コメントとしては今回の真空ジェシカのもの(キングオブコントの待機の仕方)が一番笑ってしまった。本気で挑んでいるM−1で、2本目のネタができないことが確定した瞬間でさえあんなに人を笑わせられる。芸人として本当にかっこいいと思ったし、これからもずっと応援したいコンビだと心から感じた。


⑥オズワルド

ここでついに、優勝候補と目されていたオズワルドが登場する。

これまでの五組も爆笑の連続だったが、明らかにオズワルドのネタから会場の空気が変わったのを感じた。静と動が同居する、完璧な4分間。ネタが終わった瞬間、多くの視聴者が「あ、行ったな」と思ったはずだ。

素人の僕がこれ以上ネタを評価しても、ネタの素晴らしさを伝えられないので、審査員コメントを引用したいと思う(敬称略)。

松本「いやぁ面白いですよ。これだけ期待されながらその期待をちゃんと乗り越えてくるというか、僕はめちゃくちゃ面白かったですね。」

巨人「直すトコないんちゃうの?いうぐらい。松本君と僕は仲良いですよ。見方は違うかっても点数はよく似た点数。松本君の言う事も僕の言う事も聞いてくれて両方とも取り入れてると思うんですよ。静かに入って声も張る所もあって。聞く耳を持ってるね。君ら二人は。ホントに思います。」

礼二「上手いっすね。ホンマにこの尻上がりにグッと盛り上がっていくっていう様を間近で見せていただいて。あと親指の爪のトコ最高でしたね。」

富澤「設定も凄いですし、ツッコミの熱加減がこの一年で考えたんだろうなっていうのがすごく出てました。最高でした。」

塙「畳一畳あれば出来る芸。話芸なんで。ホント憧れますね。漫才師の憧れだと思います。話芸だけで笑わせるっていうトコが。素晴らしいと思いますね。」

志らく「東京漫才の品の良い所がものすごく出て、で品が良いと笑いが落ちてしまう場合があるんだけど、それがもう関西の笑いに負けないぐらいドーンと来たからこれは素晴らしいですね。」

上沼「ホントに標準語はいいなって思いました。やっぱり漫才いうたら関西弁って思って関西の方が面白いって思うんですが、全然!標準語好きになりました。」

本当に、どのコメントもまさに視聴者が感じたことを完璧に代弁したものばかりで、伊達に芸事の第一線で活躍していないな、と思わされる。審査員7人中5人から1位を獲得という評価を見ても、この時点では優勝した錦鯉をも凌駕する完璧な出来だったと言っていいだろう。


⑦ロングコートダディ

正統派コント師でもあるロングコートダディがここで登場。今回二組しかいない大阪よしもと所属のコンビでもある。

題材は「生まれ変わったらワニになりたい」というもの。まずこの題材が意味不明で面白かった。後に二人が反省会で話していたのだが、ある日堂前さんが「お前生まれ変わったら何になりたい?」と聞いたところ、兎さんが即答で「ワニ、ワニ」と答えたのが面白すぎてできたネタらしい。「座王」でも発揮される堂前さんの大喜利のセンスと、普段のコントでも目立つ兎さんの演技力が最高のバランスで調和したネタで、ゲラゲラ笑いながら見てしまった。特に最初の「肉うどん!?」の顔と、「2文字タイム!」で観客から拍手が起こっているところは最高だった。

直前のオズワルドで盛り上がっていたこともあり、ウケの量も十分だった。この時点で最終決戦行くかもなーと思ったが、かなりコント寄りのネタだったこと、舞台を必要以上に広く使ったことが巨人師匠や松本さんに若干低く評価されたようで、思ったほどは点数が伸びなかった。個人的にもう一本見たい気持ちもあったので、ファーストラウンド4位と惜しくも敗退したことは残念だが、来年以降に期待したい。

あとここも敗退コメントめっちゃ面白かったです。


⑧錦鯉

今回の王者、錦鯉は8番目に登場した。

錦鯉は僕の大好きなコンビだ。ネタがバカすぎて、どんな時でも何も考えずに笑える。初めて知ったのは2016年の準決勝で、トップバッターの霜降り明星の次にやっていたニュースキャスターのネタを今でも覚えている(余談だが、この年の準決勝進出メンバーは今となっては超絶豪華メンバーなので、知らない人は見てほしい)。この頃は、YouTubeで「錦鯉」と検索しても、池を優雅に泳ぐ綺麗な魚の動画ばかり上位に表示され、ごく少ない再生回数のネタ動画になかなか辿り着けないほどだった。しかし、この頃からネタのクオリティは確かに高く、どのネタも繰り返し見ていた。

昨年初めて決勝の舞台に現れ、2021年はテレビでも毎日のように見かける売れっ子となった。忙しくなったことでM−1用にネタを仕上げる時間がなくなってもおかしくないと思っていたが、全くの杞憂だった。彼らが1本目に披露したネタは、去年の「CRまさのり」を遥かに超える代物だった。

「合コン」というネタ自体は、普通に地上波のネタ番組でも披露していたもので、僕も何度も見たことがあった。基本的な内容は以前見たもののままだったが、後半の畳み掛けのテンポや声の出し方が以前よりとんでもなく仕上がっていると感じた。やはり、2020年に漫才協会に加入し、浅草の劇場に1年間出続けたこともよかったのだろうか?初見のネタではないのにこんなに笑えたのは、僕の中ではかなり珍しい経験だ。後半にかけて盛り上がるネタだったこともあり、終わった時点で「行ったでしょ!」という印象を受けた。

結果は、2個前のオズワルドより10点低い655点で暫定2位。残ったインディアンスとももの出来次第ではあるが、まあ残るだろうと思えた。2本目に何をやるのか楽しみだ。


⑨インディアンス

去年の敗者復活を含めて三年連続の決勝進出となったインディアンス。

審査コメントで塙さんが「6000組の中で一番上手いんじゃないですかんね?」と評していたが、言い得て妙だと思う。心地いいテンポで繰り出される一方で、一発一発がしっかりハマるボケ。過去の王者であるアンタッチャブルやノンスタイルにも通じるものがある。インディアンスの強みは田淵さんのボケだと勝手に思っていたのだが、今回は「きむさんのツッコミ上手いなあ!」という感想を抱いた。素人の僕が「ツッコミ上手くなってる」などと言うのも烏滸がましいが、二人が去年よりも進化しているのは誰の目にも明らかだった。

結果は錦鯉と同じ655点。納得の結果である。松本さんの「拍手笑いがせっかくあるのでそこをもうちょっと感じられたら。次のネタに行っちゃうところが勿体無い。」というコメントが、完璧に見えるネタの中に微かに感じたもどかしさを完璧に言語化していて流石だと思った。

余談だが、上沼さんは高得点だろうなあと思っていたら、案の定98点をつけていた。僕の周りだけかもしれないが、インディアンスは和牛やミキと同様、かなり女性ファンが多いコンビだと感じる。女性的な感性を審査に反映するためにも女性審査員は必要だと思うが、上沼さん以外に適任の女性漫才師が思いつかないので、しばらくは続投してほしいなあ。


⑩もも

今年の一回戦が始まってすぐ「今年はももあるんじゃないか」「優勝するんじゃないか」と一部で囁かれていたもも。前評判通り、決勝の舞台に駒を進めてきた。

今までウケたくだりを詰め合わせてきたような、もものベストアルバムとでもいうべき漫才。素直に面白いと思えたし、ウケの度合いを見ても一箇所も外したようには見えなかった。フォーマットがバレていても無限にネタを強化し続けられる、理想的な形だよなあと思う。ハライチやナイツのように、システムに頼らない漫才も作れるのかも今後気になるところである。

結果としては645点で5位に終わったが、松本人志に「僕ら来年優勝するんで」と凄んだ時の目は本気に見えたし、来年はひょっとするとひょっとするかもしれない。

ファイナルラウンド

①インディアンス

気合が入っていることは感じたが、それが空回りすることや決勝の緊張感を過度に感じさせることもなく、本当に楽しく漫才をしている様子が伝わってきた。お客さんも、普段の寄席のような感覚で純粋に演芸を楽しめたことだろう。

今回のM−1でインディアンスを好きになった人は本当に多いと思う。本気で優勝を狙いながらも、他の人のネタを見て楽しそうに笑っていたり、戦友である他の出場者を称えたりする姿が何度もカメラの端に映っていた。今後も無限大ホールの看板漫才師として劇場を盛り上げつつ、M−1への挑戦を楽しんで欲しい。


②錦鯉

錦鯉の真骨頂のようなネタだった。こんなにバカ丸出しのキャラクターを50歳超えのおじさんが演じていることがまず面白いが、本人の素のキャラクターをみんなが知っていることで、「バカを演じている」という感覚が薄れ、極限までリアルなものとして設定に入り込むことができる。他のどんな漫才師にも、この漫才をここまで面白く演じることはできないのではないか。

僕は、今年の決勝を通して「猿が森の中に逃げ込んだ!」「…じゃあいいじゃねえか」というボケが一番好きだった。文字でもまあ面白いが、ツッコミの渡辺さんのタイミングと言い方が神がかっていたと思う。なんとなく、このくだりで「錦鯉が優勝かな」と思った視聴者は少なくないだろう。


③オズワルド

同年のABCお笑いグランプリの優勝ネタ。面白かったが、直前の錦鯉のネタには及ばなかった。二人の声が完璧に揃わなければならないくだりで声がかなりズレていたし、ベストパフォーマンスとは言えなかったのだろう。反省会で二人は「途中で『ダメかも』と一瞬思ってしまった」と言っていた。

オズワルドは間違いなく来年も優勝候補だ。かつての笑い飯や和牛のように、既に大会の歴史を語る上で欠かせない存在になっているだろう。今年の悔しさをバネに、来年こそ伊藤さんの優勝の雄叫びを聞かせてほしい。

終わりに

以上、何者でもない素人が、大好きなM−1について長々と書いてきた。お笑いファンというのは得てして痛い存在で、賞レース期間に劇場に行くと「今年はあのコンビ仕上がってますね」「近年の傾向的には、他事務所枠は〜」「○○が大阪3回戦の何日目にイチウケだったらしいですよ」といった声がそこかしこから聞こえてくる(特に西新宿の劇場では顕著である)。

また、お笑いファンでなくても、M−1の決勝だけは毎年熱心に見て「今年はレベル低い」「いまのところ面白さが分からない…」「和牛が今年出てたら優勝」などとネットに戯言を垂れ流す人は数えきれない。今やM−1は、他の賞レースとは比べ物にならないほど国民的なお祭りとなってしまった。

そうした一般人からの目線に関係なく、漫才師たちのM−1にかける想いは、今も昔も変わらないのだろう。

「俺たちが一番面白い」。

ただそれを証明するために挑戦するM−1戦士の姿を、僕はこれからも追い続けていきたい。

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