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フィリップ・K・ディック『宇宙の眼』感想

連休中に本を読む。買ったまま放置していたフィリップ・K・ディックの長編小説。(しかし、これを1冊読んだということは、この世界でまだ読んでいないディックの小説が1冊減ってしまったということでもあるな……という感慨もあり)

・トンデモ神学の世界

加速器の事故に巻き込まれた被害者たちが目を覚ますと、そこは元の世界と似ているが、何かが決定的に異なっている世界だった。
悪しき言葉を口にすると空中に突如出現した蝗に襲われ、おごり高ぶるとどこからか現れた荒野に放逐される……とにかく天罰がてき面なのだ。
この世界では、科学技術でさえも宗教の下に配されている。というか、世界全体に満ちている『奇跡』がシステムとして人間社会に組み込まれていた。
なんなら、科学的な問答でさえも、信心深さ重要になってくる。どういうことかというと、信心深い者の側に天使が現れて高度な科学理論を耳打ちしてくれる! あまりにも力技過ぎて笑っちゃったよ。
この手のある種の逆転世界って、われわれ科学世界の住人からすると、あれはどうなんだとか思わず論駁したくなるところだけど、この場合はまるで意味をなさない。とにかく、神がいる世界とはそういう世界なのだからと反論を許さない。ばかばかしくもあり、空恐ろしくもある。

・この異世界は、人の心の中!

加速器事故の被害者たちは、そのうちの一人の心の中の世界に囚われていたのだ! つまりまだ現実の世界に帰還できていなかった! と気づいた他の被害者たちが、このトンデモ神学世界の主をやっつけに行くまでが前半戦。(ディックの作品でいうと、『ユービック』等を思いだす展開だね)
じゃあここでこの神がかり的世界の主を倒して、無事元の世界に戻れるかというとそうはいかない。ここから他の被害者たちの妄想世界をめぐっていく羽目になる。

・第二の世界、すなわちTwitter

次の世界は、被害者の一人、とある教育ママの幻想世界だった。
とにかく、この中年女性は子供の教育に悪いものが嫌い。自分の世界の中にある気に入らないものを順々に消滅させていく。
猥褻なもの、気持ち悪いもの、小汚いもの。そういうものたちがどんどん消されていき、その世界はどんどん清潔になっていく。
しかし、主人公の男は怒りを覚える。(それでこそディックの小説の主人公だ!)

ディックの小説のこういうところが好きなんですよね。彼の小説は、世間一般的に軽んじられて蔑まれる側、つまり消される側に寄り添っているから。

そして迫力があるのは、主人公の妻がこの検閲された世界を後ろめたいながらもまんざらでなく思っているという描写だ。
主人公の妻は本来は進歩的で開明的な人格であるはずなんだけど、しかし表面上の清潔さに魅力を感じてしまっているのだ。
そしてそこから始まる口論。口では進歩的なことを言っておきながら、その実やっていることは単なる道徳の押し付けと検閲じゃないか! ……というようなディックの糾弾なんだよね。

というか、これってTwitterでしばしばみる類の話よね。
本作が書かれたのは半世紀前だけど、ディックがTwitterを予言したというよりは、人類は当時から進歩していないってことなんだろうね。

・倒した相手が仲間になるシステム

幻想世界から逃れるにはその主を倒さなければいけない……という形式で話が進んでいくだけど、世界が変わるとその前の世界の主も次は世界に囚われる側になる。だからその世界から逃れるためのパーティーの一員となる。
これがなんかRPGゲームや少年漫画のようで面白くもあった。それにその倒し方というのもだいたいが暴力なのでその点でも楽しめた。(身の回りのものを放り投げたりそれでぶん殴ったりする)

・最後の世界はそうくるか~

とうならされる。構成が巧み!

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