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デジタルフットプリントの人質化、私たちには関係ないだろうか

インターネットに残る人々の”痕跡”をたどると個人を容易に特定できる。この”痕跡”をデジタルフットプリントと呼ぶことをご存知だろうか。実はこのデジタルフットプリントが、現在アフガニスタンで問題になっている。政権を掌握したタリバンから逃れるため、人々は自らの痕跡をインターネットから必死に削除しているそうだ。インターネットは便利な情報通信手段であるが、リスクも伴う。アフガニスタンから遠く離れた日本では、インターネットで身の危険を感じることはほぼないだろう。しかし、自分たちのデジタルフットプリントが抱えるリスクについて、あまりにも無知ではなかろうか。

本記事は、2021年の秋に世界十数ヵ国のメンバーの協力のもと開催したプライバシーバイデザイン勉強会を紹介する。モデレーターは佐藤氏、ディレクター兼エディターは今村桃子氏、ライターは吉原達仁(筆者)である。本記事では、参加者の心理的安全性を考慮して実名、顔写真、一部の出身国を明らかにしない。

勉強会の趣旨

本勉強会は、参加者の多様な出自に着目し、出身国ごとに異なるデータプライバシーの動向や個人の考えの違いを見出すことを目的とした。

今回の参加者は同じ職場で働く同僚だ。しかし、初めて開示する話もあったようだ。他人のプライバシーに触れるのは簡単なことではない。本勉強会の趣旨に賛同し、プライバシーに対する思いを開示した全ての参加者に、この場を借りて感謝を表する。勉強会に先立ち、参加者は Wired が配信する記事『Afghans are racing to erase their online lives』を読み、データプライバシーに関する調査に回答した。

日本ではデータプライバシーが尊重されていない

木曜日の夕方、職場での全社会議の後に勉強会がスタートした。まず「日本ではデータプライバシーが尊重されていない」とモデレーターの佐藤氏が話し始めた。

データプライバシーは、個人情報や機密情報を適切なアクセス管理によって安全に保護するための概念だ。日本人がデータサービスを利用するとき、利用規約もプライバシーポリシーもほぼ読まずに同意する現状を指摘した。データが企業や政府の手に渡ることで暗殺されるような身の危険が海外と違って無いからだと説明した。

毎月28日にプライバシーポリシーを読んで疑問や違和感を発信するキャンペーン #Privacy28 への賛同を示し、参加者にアクションを呼びかけた。プライバシーポリシーの内容を理解して自分の情報を管理すれば、企業や政府が一方的に利する状況を加速させないだろうと述べた。

プライバシーを学んで民主主義を考える

次に語ったのは、本勉強会と #Privacy28 のディレクターを務める今村氏。
プライバシーを守る活動を通じてインターネット空間に秩序をもたらし、民主的な世界を築きたいと言葉にした。

事前に実施したアンケート結果を取り上げ、国ごとのプライバシーの違いを紹介した。たとえば「人に知られたくないあなたのプライバシーは?」という質問について、テレビ番組の趣味が暴露されたくない人もいれば、自分の居場所や住所に関わるデータすべてに注意を払って生活する人もいた。

そして、データプライバシーを学ぶためにいくつかの国を選び、その国の出身者から背景を学ぶ時間にしようと場に投げかけた。

アフリカ:憲法違反も合憲に変わる

最初に口火を切ったのは、アフリカ出身者の方々。母国のデータプライバシーの状況はよいと言えないと語り始めた。

大統領が憲法に反して三期目の大統領に就任した。人々はソーシャルメディアを駆使して反対意見を表明し、大規模なデモと軍によるクーデターに発展した。

そして政権による反政権側の取り締まりが始まった。多くの人々が国外退去し、未だに母国に帰れないという。国内では、警察が個人の携帯電話のなかに反政権を示すメッセージや投稿がないかを確認するそうだ。そのため、彼らはそれ以降 Facebook や WhatsApp などのサービスで政治的な発言を一切控えている。

ヨーロッパ:不正選挙を批判してはならない

次に語ったのはヨーロッパ出身の方々。彼らの母国ではデータ保護の新たな法律が施行されるが、政府が法律を悪用することへの危惧を示した。現政府が敵対勢力を過激派と認定して排除するために法律を利用する可能性があるそうだ。

たとえば、過去の選挙で野党の得票数が過少報告されていると伝えた Youtube 動画に政府の不正を批判するコメントが寄せられた。政府はそうしたコメントを投稿した人物を過激派だとして投獄したとのこと。たとえ法律が整備されても、政府が悪用する可能性を否定できないそうだ。アフガニスタンも似た状況だろうと指摘した。タリバン政権の都合で法改正されることや、そもそもタリバン政権が法に従わないと推測していた。

母国の不正選挙に言及するSNS投稿をすれば、捕まる可能性が大いにあるという。政治の信条によって投獄されることは恐れないが、身内に迷惑をかけたくないと心の内を明かした。

ロシア:1937年と変わらない言論の自由

続いて語ったのはロシア出身者。プライバシー問題は言論の自由と密接に関わると指摘した。

彼は、プーチン大統領の言ったジョーク「我々はかつての37年に生きているのではない」を引き合いにした。1937年は、当時の最高指導者スターリンが思想を理由に人々をシベリアに投獄した時代である。しかし、プーチン大統領の発言と同時期に、ロシアの警察官が(政権を批判する)SNS投稿で逮捕されることを批判して捕まったそうだ。国の権力者の発言と実態の乖離があるのではないかと疑問を投げかける。

中国:政府の情報管理に一任

続いて、複数名が中国について語った。
自分が安全ならば、政府が個人情報を管理していいとする考えが多く、現に政府は情報を隈なく入手しているという。

たとえば、個人の現在地や移動履歴といった私生活の情報が政府の手に渡る。実際コロナ禍で日本に住む息子(本人)がいつ中国に帰国するかを警察が親に聞いたそうだ。帰国の予定を伝えたところ、コロナウイルスの流入を心配する電話が警察でないところから多くきたという。

また中国では、デジタルフットプリントから個人の財力を推定し、それに合わせて価格を提示する(ダイナミックプライシングの)アルゴリズムがあるようだ。たとえば、高級レストランをインターネットで予約したあとにホテルを調べたら高い価格が表示される。

2021年11月に施行される個人情報保護法では、こうして許可なく価格設定するのは差別だとして違法になった。中国政府の都合に合わせて法解釈されるため、人々は違法かどうかを考えずにただデータを渡すだけだと付け加えた。

プライバシーをどう尊重できるか

「日本では個人情報保護法を気にしすぎるあまり、補助金交付やワクチン接種の手続きに多大な時間を要している」佐藤氏はこう切り込んだ。

コロナ禍の行政手続きで、市役所やシティーホールでマイナンバーを手作業で照合して本人確認したそうだ。国民を管理するには非効率な運用でなく、中国の先進性を見習ってデジタルの運用を取り入れるべきだという趣旨の発言だった。

佐藤氏が続けて指摘したのは、"Nothing to hide, Nothing to fear." という言葉の無意味さ。これはナチスが用いた言葉で、「隠すものがなければ隠れる必要はない」という意味だ。しかし発言者によって意味が異なるという。たとえば政府が「隠すもの」を勝手に決める可能性をほのめかした。

これを受けて、メンバーの一人は人々のリテラシーも問題だと指摘した。「隠すものがないから、企業や政府に個人情報を提供してもいい」と発言する人は、必要以上に自分の内面を晒しているという。こうした意識の低さが、データを収集する企業や政府に好都合な状況を作っていると述べた。

「データは私たちを守ることも、私たちから自由を奪うこともできる。だとしたら、データ提供先の組織を私たちが信用できるかという問いが重要だ」今村氏はこう応じた。データを誰に渡すかを考えることが自分の身を守る術の一つと訴えた。

不十分な教育が生み出す低いプライバシー意識

先ほど語られた4つの国はデータプライバシーの状況が特徴的だった。彼らの話を受け、他の国の出身者も発言した。

その他のアフリカ出身者によると、SNSが普及した初期は警察が市民の携帯電話のメッセージを検閲していたが、司法機関の介入により現在は減ったという。一方でプライバシーの市民教育が不十分なため、人々はSNS投稿がもたらす影響を理解していない状況を明かした。

アジア地域の二カ国についても同様に、データプライバシー意識が低いそうだ。急速にデジタル技術が普及しているために、データプライバシーに関する法整備が遅れているという。SNSが人々の精神に与える悪影響も見過ごせないという声も挙げられた。

佐藤氏は、日本のプライバシー保護の法律は社会への必要最低限の介入を志すために、プライバシーに関心を持たない一般市民を守れないと指摘した。データを収集する企業は法律で禁止されない際どいラインを狙うため、市民のデータが悪用される可能性があると述べた。

一方あるメンバーは、過度な法整備への危惧を表明した。中国が顔認証技術を利用して子供のゲーム利用時間を法律で制限し始めたことに疑問を投げかけた。ゲーム利用時間を伸ばすためにアカウントを売買する違法ビジネスが生まれ、法律が機能していないと付け加えた。

プライバシーを普及させるために市民活動を

イベント終盤では、今回の勉強会の参加者に向け、各々からメッセージが伝えられた。今村氏からは、我々一人ひとりの行動の可能性が伝えられた。

今村氏は、現在のインターネット空間には「秩序」がなく、(プライバシー保護など)我々に出来ることは多く残されている。一人でプライバシー問題に取り組むのは困難だが、人々の体験からプライバシーがなにかの集合知を見出せれば、社会におけるデータの取り扱いもよりよい方向に行くのではないかと口にした。

今村氏の発言を受け、佐藤氏からはプライバシー意識を高める施策が提案された。
佐藤氏は、今回のような「プライバシーについて考える機会」を、世界各国のメンバーと一緒に共有できて良かった言葉にした。冒頭で話したように、毎月28日に「プライバシーポリシーを読む」という活動を続けてSNSで発信することで、人々の意識を少しずつ改善出来ると述べていた。

編集後記

SNSで政権を批判すると、市民が逮捕されたり国外に退避させられたりする国は少なくない。今回紹介したアフリカの話が良い例だろう。権力で市民の発言を取り締まると、民主的な議論の場は脆く崩れ去る。人々は政権に無条件で追従する他なくなり、自分の意見を手放すしかない。

一方日本では、市民がSNSや街頭デモで政権を批判しても、警察に逮捕されることは聞かない。実際に、多くの人々が個人情報もデータプライバシーも守ろうとせず、安心してインターネット上のサービスを利用しているように思う。しかし、たまには立ち止まり考えてみてはどうだろうか。我々はデータプライバシーを気にせずにいて、本当になんの問題もないだろうか?

「フィルターバブル」は、履歴などの個人データを利用して検索エンジンの表示結果の内容を”個人に合わせる”ことで我々の意見構築に影響している。我々が望む情報を提示して、意見をより極端な方向へ助長させることがある。これは企業が(検索履歴など)プライバシーに関わる個人データを活用するために起こる現象である。自分のデータに無関心でいる限り、このような”静かな干渉”には対処できないのではないか。 (NHKの記事がフィルターバブルとは何かを説明しています)

一部の国ではデータプライバシーの有無が、人々の人生を左右することがある。日本で同様の状況が起きることは珍しいが、程度の差こそあれデータプライバシーが我々を守る存在であることには変わりない。我々がデータプライバシーに意識を向けることが、健全かつ安全な世界に近づく一歩になると思う。


Edit by Momoko Imamura
Text by Tatsuhito Yoshihara