詩:仰ぎ見る
穴の底が私の家だった
私はその穴に住んでいる
入居前 私はその穴の底に住むことに恐怖していた
しかし住まなければならなかった
この穴の底でなければ私は生きていけなかったのだから
それゆえ 意を決して住み始めた
初めは慣れなかった
穴の底という特殊な環境下での生活は
地上で住み慣れた私にとって苦痛以外の何物でもなく
こういった環境に押し込んだ原因に日々憎しみを吐き出していた
憎しみを呟くと私の声は穴の底で反芻し
そして徐々にその声は小さくなっていく
私の憎しみは穴の底から地上へと昇って行く
この穴を伝って 私の憎しみが悔しさがやるせなさが地上へと届く
実際のところ 私の住んでいる家がある場所というのは穴の底であり
またこの穴というのはかなり深いのであって
私の怨嗟の呟きは決して地上には届きはしない
しかしながら 私の声が穴の底で何度も反射し無限に涌く山彦のように響くさまは
罵倒の心地よさ
言いたいことをきちんと言える快楽発声による心のもやもやとしたものの発散を私の中に生じさせ
その事実から私の意識を逸らした
私の怨嗟の呟きは決して地上には届きはしない
穴の底で私は呟き続けた
そのたびに穴は私の声を繰り替えす
穴の底で繰り返されるひとりぼっちの演劇喜劇愛三無増の連鎖劇
ある日私は空を見た
穴の底から空を見たのだ
私の呟きを吐く方向は 私が穴の底に位置しているからと言ってもなお穴の底だった
私の視界にはいつも穴の底に移る無機質な地面しかなかったのだ
吐露した後は 私の声が昇華していく様を上を向いて見ていたのだけれど
その視界には穴の始まりを見据えることはなく
ただぼんやりと中空を見つめるだけにとどまっていた
なぜあのとき私が穴の始まりを見たのか
それはわからない
ただなんとなくピントがずれたのか
それともピントをずらしたのか
それすらわからない
穴の底から見える穴の始まりの景色は
私が住んでいた地上ではなく私の住めない空の青さが大半を占めていた
空を見たとき 私は何を思ったのだろう
ただただ青かった
久しぶりに見た晴れやかな景色は 一時私のなかから思考という大事に思える要素を抜き出したかのように思えた
私の憎しみは穴の底から地上へと昇って行く
否
私の憎しみは穴の底から空へと昇っていたのだ
吐露し反射増幅された憎しみは穴の底から上を目指して昇って行く
あの日から 私は穴に向かって憎しみを吐露することをやめた
今まで私の憎しみを向けていた地上が
私の上部には存在せず
ただ空があるだけだということを
あの時私は無意識的に考えてしまったのかもしれない
思考という要素を奪われていたあの時に
何があったのか私は知りたかった
穴に向かって吠える代わりに
私は穴の始まりを見つめることが増えた
そして考える
私とこの穴そして穴の始まりから見えるものについて
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