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徒然『大馬鹿の子ども』

 私の家には大きなビワの木がある。
 いや、正確に言うとビワの木しかない。
 そのビワは、二〇年ほど前に、当時小学校低学年の次男がもらってきて、食べた後に種から植えて育ったものだ。
ビワを植えてから十年ほど経ったころの話。出入りの洗濯屋のおっちゃんとの会話を今でも懐かしく思い出す。
 私‥「このビワ、実がならんねん…ただの巨大な観葉植物やねん」
 おっちゃん‥「ビワの大馬鹿一三年って言うからなぁ」。
『桃栗三年柿八年』の上の句しか知らなかった私が、『ビワの大馬鹿十三年』の下の句を知った瞬間だった。

 そして、十三年目の夏。ウソみたいに見事なビワの実が鈴なりになった。その木の生みの親である次男は、すでに家を出ていて、その光景を見ることはできなかったけれど。
 それからも毎年、夫婦二人で食べきれないほどのビワは、友人や会社の同僚に配ることが常になった。
 先日、会社を数年前に辞めた女性から、写真付きのショートメッセージが来た。

「お久しぶりです。いつぞや、いただいたビワの種から、とうとう実がなりました」

植木鉢で育てられた小さなビワの木のてっぺんにかわいらしいオレンジ色のビワが四つなっていた。
 「大馬鹿」のビワの子どもは、わずか三年で実をつけた。なんて賢い子なんだろう、と感心しつつ、育ての親の彼女の穏やかな笑顔を思い出した。

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