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お産のできないこの町でわたしは子育てすることに決めた。

はじめまして。
プレママDです。

地方テレビ局のディレクターとして働く傍ら、
今は妊娠16w0d(16週0日)の初産婦でもあります。

妊娠が分かったのは、年が明けて1ヶ月が経とうという寒い日。
ちょうど結婚3年目を迎える頃でした。
待ちに待った「陽性」の検査薬。
涙が溢れて止まりませんでした。
わたし、お母さんになるんだ。
人生にはこんなに嬉しいことがあるんだ...。

しかし運命とはわからぬもので、
その時、私たち夫婦は30歳を目前に
転職とそれにともなう別居婚を始めようとしていました。

1ヶ月もしないうちに夫はひとり新天地へ。
私は住みなれた街での一人暮らしを諦めて、
職場から約80km(都心〜熊谷市くらい)離れた
実家へと移り住みました。

と、ここまではよかったのです。
少し「普通」からは外れていても、それは自分達で決めた道。
誰にもなにも言い訳はできない。

でもまさか実家のある地域から
お産ができる病院がなくなってしまうとは
夢にも思っていませんでした。

確かに以前から出産施設が近くにない
いわゆる「お産難民」の話題は、以前からニュースでも取り上げられていました。
なんとかしなくちゃならない課題だと、私自身も感じていたはずでした。

でもきっとそれはどこか他人事だったのかもしれません。
自分ごととして目の前に突きつけられた時、
見慣れた故郷に突然そっぽを向かれたような
孤独で不安な気持ちになったのです。


つらつらと書き連ねてしまいましたが、
これはそんな事件から始まった妊娠の日々を
書き記していく記録です。

初産婦の見る景色
別居婚の生活
長距離通勤
そしてなにより地方に暮らす妊婦の実情
ありのまま記していきます。

誰の役に立つともわかりませんが、
1番は自分自身の慰みに。
そしていつか同じ悩みを抱える妊婦さんの元に
届いて、力になれたら嬉しいです。

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