anniversary.
記念日の昼はカフェアルマトイに行こう、ずっと前からそう決めていた。
妻はこの店のレアチーズケーキを寵愛している。証拠がこの無我夢中とでもいうべき食らいっぷり、フォークで削り取った小さな片を口に運んで運んで、ムチャ、ムチョ、と大げさに咀嚼している。僕の方には目もくれない。
「自治会のさァ」
僕は妻に語りかけてエスプレッソを啜る、反応なし。妻のフォークに溶けた口紅がべとりと付着しているさまが見えた。
「自治会のさァ!小此木さんと最近仲良いみたいだけど、何かあったの?」
今度はボリュームを上げた、反応なし、僕は肩をすくめる。しかしそれから6秒後に妻は我にかえって赤面した。
「ああやだぁゴメンねー翔ちゃん、小此木さんの事?」
「そうそう、でも、結婚1周年で話すトピックとしては変だったかな?僕としては会話のきっかけが欲しかったというかァその……」
僕と妻は微笑みあった。3秒後、妻がフォークを皿に置く。スッと息を吸い込んで朗らかに語り始めた。
「ふた月前かしら?私が財布をエレベーターに置き忘れてしまって、その時たまたま小此木さんが」
僕はフォークを右手にテーブルの上へ乗り出し、妻の胸を刺した。
妻は口角を上げたまま目を見開く。
ゴッ、ゴボッ、と唾液とレアチーズケーキの混合物が吐き出された。続けて僕は妻の顔面を刺す。左目。眉間。左頬。鼻。左耳。人中。左目。喉。舌。左目。額。額。額。額。額。前頭葉。
2分46秒間に及ぶ痙攣が終えると心臓の鼓動も止まった。僕は無言の妻を店の裏に運んで、それから彼女のカーディガンとチノパンを剝いで店内に戻った、血と吐瀉物を処理するために。
フローリングの血だまりを拭いている最中。僕は4つ前の交際相手との初夜について思いを馳せていた。
あの女の尻の柔らかさは童貞だった僕の劣情を誘い、まだ初々しい股間のモノをいきり立たせた。あの頃は何もかも楽しかったなあ。僕は血染めのチノパンを凝視する。
【つづく】
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