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ごくごく私的な製本合宿リポート(完全版)2日目

製本合宿 二日目

翌朝目覚めて、窓の外を見ると、柵で囲われた向こうにダチョウがいた。
ダチョウ? 二度見したけれど、やっぱりいる。ダチョウ…。昨日は暗くて全然わからなかった。ホテルの周囲は、広場のようになっていたのだが、その一画がダチョウの飼育施設になっているようだった。外に出てよく見ると、時間によっては餌やりも体験できると柵に貼り紙があった。
そういえば、昨日行った直売所にダチョウの卵が売られていた。なんでここにダチョウの卵が?と思ったけれど、ここのダチョウのだったんだ。

製本合宿の集合は12時。それまでどうしようか。観光するにはちょっと時間が足りない。スマホで「伊那 観光」と調べると、高遠をオススメされる。残念ながら今は9月なんだよ。桜の季節じゃないし、紅葉には早いんだよ。がっくり。
そんな中見つけたのは、地元企業伊那食品工業が運営する「かんてんぱぱガーデン」。さっそく行ってみる。
広い敷地に、手入れされた庭や、細密画の展示、カフェ、売店などが併設されていて、2時間くらい時間をつぶすのにちょうどいい感じだった。庭を散歩するだけでもいいし、ボタニカルアートの細密画は息をのむほど精密で、ついついたくさん絵葉書を買ってしまった。歩き疲れたらカフェで一服。テラスから見る南アルプスは格別だ。前日降った雨が空気をきれいにしてくれたのか、空が澄んで高い。
ここは長野県だけれど、「ほんとの空」とはこういう空のことをいうのだと思った。

あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。
             (高村光太郎詩集『智恵子抄』より)

     *

さて! そろそろ時間だ。集合場所の伊那市駅に向かう。
伊那市駅のロータリーに着くと、人が集まっていた。近づいていくと、見知った顔がある。いつも対面授業でお会いしている方々だ。先生もいる。見知らぬ方はおそらくはオンライン授業の方々。
窓を開けて「こんにちは!」と声をかけると、先生に「のりこさんの車には3人乗せてくださいね」と言われる。どうぞどうぞ。他の車にも、それぞれ電車組やバス組が分乗している。
私の車に乗り込んできたのは、ムッチーさんとモモ姐さんとミッチョさん、いつもの顔ぶれだ。なんとなくホッとする。
昼食会場である「こやぶ竹聲庵」へ向かう道中に話を聞くと、ムッチーさんは、私同様前日から、モモ姐さんとミッチョさんは、今日、伊那に着いたそうだ。二人は同じ電車に乗っていたのに、降りるまで互いに気づかなかったんだと笑っている。
同期の方たちの絶妙な距離感が、私には新鮮で心地よく、成熟した人間関係だなと思う。
今まで私の属してきたコミュニティーは、過剰に連絡を取ったり、仲良しでまとまろうとしたり、逆に足をひっぱったりと、えっ、みなさんいい大人ですよね? とうんざりすることがよくあった。
それに比べて、本づくり学校の同期は、互いに節度を持って関係を築き、自分のやりたいことの方向が定まっていて、ぶれていないのが素晴らしいと思う。明確に「こういうことがやりたい!」というビジョンを持っている。
ブレブレなのは私くらいだ。
本が好きで、不器用だけれど手先を動かすことが好きで、仕事を辞めて自由になる時間が出来たから、前から気になっていた製本を学んでみたい、というふわふわした気持ちで受講しているのを申し訳なく思っている。

「こやぶ竹聲庵」は、市街から少し高台へ行ったほうにあり、昔話でタヌキが旅人にいたずらをするときに使うようなたたずまいだ。風情ありまくり。
先生が予約しておいてくださったので、到着した順に店の奥のテーブル席に4人ずつ分かれて座る。私はモモ姐さん、モモカさん、メグミさんと同じ席。モモカさんとメグミさんは、高速バスで今日着いたそう。なんとモモカさんは前の晩に地元から夜行バスで東京に、早朝着いたその足でメグミさんと合流、伊那行きのバスに乗り換えての強行軍だったそう。いやあ、すごいなぁ、私だったら、一日使い物にならないだろう。

全員が席に着いたところで、まずは自己紹介。ひとりずつ順に前に出て、名前と、どこから来たのか、ここまでの交通手段、仕事などを話していく。私以外にも、車で新潟や愛知などから来ている人がいた。5時間くらいかかったという人もいて勝手に「仲間!」と思ったりした。仕事は、やはり紙や本、印刷、デザインに関わりがある人が多かった。美篶堂のスタッフの方もお手伝いとして参加してくださっていた。大人が集まって、共通の話題で盛り上がるというのは、なかなかないことなので、合宿は有意義で楽しい時間だと改めて思う。紙の見本帳を肴に酒が飲めますよね。飲めませんかそうですか。
私はふだん一人で仕事をしていて、コロナ以降は顧客と直接会うことはほとんどなく、やりとりはメールか電話、取引先ともメールか電話。それで問題なく進んでゆくけれど、本当はやっぱり直接会って目を見て話を聞きたいし、こちらの思いも伝えたい。

楽しくおしゃべりをしていると、そばが運ばれてきた。他の人が揃うのを待ちながら話をしていると、お店の人に「すぐに食べてくださいね」と促される。せっかく茹でたてを供しているのだから、一番おいしいときに食べてもらいたいというお店のプライドを感じた。先生からも「きた人から順番に食べてくださいね~」と言われ、遠慮なくいただくことにした。ざるそばは一人前2枚で、薬味はネギと大根おろしとわさびと蕎麦味噌。十割蕎麦は歯ごたえとのどごしが絶妙。うまい。あっという間に2枚ぺろりと平らげた。

     *

美味しい信州そばを堪能したところで、次はいよいよ美篶堂へ向かう。
車を走らせながら、車窓の景色の素晴らしさにみんなでうっとりする。畑には蕎麦の白い花が咲き、早生のりんごが生り、遠くに南アルプスを望む豊かな里山の風景には、心が洗われる。

そうこうするうちに、美篶堂に到着。製本所の中に入ると、親方が先に到着されていた。
ここでの授業は、丸背上製本。作業台にはすでに材料が用意されている。各自、荷物を置いてエプロンをつけたり、筆記用具を出したりと準備をする。
まずは親方がデモンストレーションを見せてくれるということで、親方の周りに集まり、手元をじっと見つめる。

(ここから、製本の様子を文字で伝えることになるわけだけど、たぶん伝わらないと思う。申し訳ない。)

背を線固めされた本文に刷毛で水をつけ、柔らかくする。作業台に小口を手前にして置き、両手の親指を本文の真ん中あたりの小口にあて、残りの指は平面に載せる。上から四分の三くらいの紙をつまんで親指で向こう側にグッと押す。すると、背に丸みが出る。そのまま本文を押さえたまま、小口を手前にした状態で上下をひっくり返して、同じように上から三分の二くらいをつまんで親指でグイッと押す。これだけできれいな丸背になっている。親方は何の迷いもなくすいすいと仕上げていくので、簡単なんじゃないかと思ってしまうけれど、もちろんそんなことはなく、不器用な私は、あとで泣きを見る。

本文の背が丸くなったところで、次は耳出し。丸背の本をみてもらうとわかるのだが、表紙の溝に沿うように、天地の背の部分が外側に広がっている。それを耳と呼び、やすりでこすって背を広げるのだ。その後、背に生ボンドを塗って寒冷紗を貼り、再び生ボンドを塗る。背に栞を貼って、下からはみ出さないように本の中に挟む。
丸背は、花布にも丸みをつけないといけないので、背の長さに合わせて切った花布を掌に載せて、丸鉛筆を押し付けて転がし、丸みをつける。それを天地の背の角にひっかけるように貼り、短い背紙を天地中央に、長い背紙を花布の上から貼る。
表紙の布貼りから最後の仕上げは、以前の授業で習った角背上製本と同じなので割愛するけれど、親方は淀みなく手を動かして、魔法のように一冊を仕上げてしまった。こんな初歩の初歩を職人技と呼んでは失礼かもしれないけれど、その一端を垣間見た気がした。

親方は次の予定があるとのことで、名残惜しくもここまで。引き続き、美篶堂伊那製本所の責任者であり親方の甥御さんであるシンさんが指導してくださる。親方がやったことを一通りおさらいして、やってみせてくれたところで、先生が「ではみなさんもやってみましょう」と促し、それぞれが作業に入った。
本文を折り、揃えて水引き、線固めと進んだところで、ボンドが乾くまで寝かさないといけない。そこであらかじめ線固めまで終わっている本文が配られる。
とにかく丸背を作るのが難しい。力を入れすぎると真ん中が尖って三角になる。弱いと角背との違いがわからない。何度も何度もやり直しをしてどうにか納得のいく丸背ができたので、耳を出す。これも力加減が難しく、耳を出すのに集中しすぎた私は、せっかく丸くなっていた背をぐいぐい押してしまったようで、気づいたときにはだいぶ戻っていた。どうしよう…。途方に暮れている私を見かねた先生が、なんとか体裁を整えてくださるが、平たくなった背は、完全には丸くならなかった。花布と表紙の背の間に隙間ができている残念な仕上がりだ。とほほ。初めてでいきなりうまくできるわけはないのだけれど、周りを見ると上手に仕上げている人もいて凹む。情けない。合間には、休憩スペースで水分補給として差し入れのブドウやプチトマトをいただく。美味しい。不器用な身に染みる。
手作業というのは、ひとつひとつを丁寧にやるのはもちろんだけれど、それとは別に流れや全体を俯瞰する目がたいせつで、それが培われていくことが上達であり、やがて職人へと成長していくのだと思う。今日の反省を生かして、次はもう少しましな本を作るぞ!

*二日目夜&三日目につづく

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