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ごくごく私的な製本合宿リポート(完全版)最終日

製本合宿 二日目後半~三日目

丸背上製本作りが、思っていたより時間がかかってしまって、予定が押している。急いで後片付けをして、懇親会の会場である「山荘ミルク」へ向かった。みんなを乗せ、ナビをセットして、誘導されるまま徐々に山の方へと進んで行く。行けば行くほど街灯の間隔が遠くなり、ついにはなくなってしまった。ヘッドライトを頼りにナビの指示に従って登っていくけれど、本当にこの道で合っているのか? 一人だったら泣いていたかもしれない。しばらくすると遠くに明かりが見えてきた。「あれかな?」「きっとそうだよ!」信じて進んで行く。
ホッとして明かりを目指して走っていくと、山道は大きくカーブしてまた明かりが遠ざかっていくように見える。「だ、大丈夫かな」「でも一本道だったよ」「行くしかないよね」真っ暗な知らない道を人を乗せて走るというのは、本当に緊張する。無事に着いた時には、ぐったりしていた。

「山荘ミルク」は、「山荘」という名前だけあって、木々に囲まれた斜面に建っていた。(なにぶん夜になっていたので、全貌は朝になるまでわからず)私と数名の人は宿泊もここだ。
荷物をおろして入っていくと、奥のホールに通される。長机がロの字型に並べてあり、着いた人から適当に座る。だんだん人が集まってきて、席が埋まっていく。途中で道に迷った人がいると聞いて、あの夜道ではしょうがないと思った。タヌキに化かされていませんように。
料理はあらかじめお願いしてあったものが供されるので、飲み物だけ各自で頼むようにとメニューが回ってきた。

ここはもうビール。ビール一択でしょう。生ビールをこよなく愛する私としては、はずせない。今日は暑かったし、出来はどうあれ本づくり頑張ったし、知らない道も運転したし、終わったらこの山荘で寝るだけだし。おお、飲むための言い訳がいくらでも出てくる。

「はい! 私、生ビールで!」

ビールを愛するあまり、私は完全に空気を読み間違えた。そりゃあ車で帰る人もいるし、全員じゃないだろうけど、懇親会なんだし、飲むよね、お酒、と思っていた私がバカだった。誰もアルコールなんか頼みゃしない。

「ウーロン茶」「あ、私も。ホットで」「ぶどうジュース」「ジンジャーエール、辛口で」「ロージュースって何ですか?」「野菜と果物のフレッシュジュースです」「じゃあそれで」「僕も」「私も」
マジで? 誰もお酒飲まないの?

「私、赤ワイン、グラスで」

いたよ、救世主が。危なかった……。まあたとえ一人でも飲みましたけどね、ビール。
食事は、どれも美味しくいただいた。無農薬・有機栽培にこだわり、旬のものを、素材を生かした調理方法で提供してくださる。お腹いっぱい。
食事をしながら、アキコ先生から「せっかくだから、この時間で全員の名前を覚えましょう。一人ずつ自己紹介をして、なんて呼ばれたいか教えてくださいね。メモを取ってかまいませんよ」とのご提案があった。みんな慌てて筆記用具を出す。順番に自己紹介が始まり、オンライン授業の方々と美篶堂のスタッフのお名前も判明した。覚えるために手帳にいろいろと書き込む。途中、ワタルさんから「なんか流れで飲まないって言っちゃいましたけど、お酒好きです」とカミングアウトがあった。飲めるんじゃないかー!

全員の自己紹介が終わると、「では、手帳を閉じてください。これから名前を覚えたか、ゲームをします」と言われ「名前を呼びながらその相手に向けて指をさし、さされた人はまた別の人の名前を呼びながら指さしていきます。まずは覚えている人をさしていけばいいですよ」とルールを説明される。
ドキドキしながら、みんなで名前を呼びながらまわしていく。よく呼ばれる人、あまり呼ばれない人、油断している人、とっさに名前が出ない人、なかなか白熱したゲームだ。ランダムだけれど、何周かしたところで「では、全員の名前を覚えたか、テストをします! 自信がある人!」と言われ「はい!」と手を挙げたのはモモカさん。端から順に全員の名前を間違えることなく答え、見事合格。モモカさんが合格したので、それ以外の人も覚えていることにしましょうということで、残りの人は免除となった。やれやれ。

懇親会はここでお開き。明日は、10時に伊那市創造館へ集合ということを確認して、それぞれの宿泊先へと向かっていった。
残った人はこのまま宿泊なので、部屋に案内してもらう。私の部屋は別棟だったので、ホールから外に出て、庭(というか渡り廊下?)を抜けて行くのだけれど、とにかく暗い。もはやお気づきかと思うが、私は暗いのが苦手なのだ。先を行くアキコ先生に「真っ暗ですよ。怖いですよ」と泣き言を言うと「怖くない、怖くない」となだめられる。いや、怖いですって。
別棟には3部屋あって、私、ミッチョさん、リヤさんがそれぞれ泊まる。「では、明日の朝食でね。おやすみなさい」といって先生は戻って行かれた。

部屋に一人になると、心細さ全開だ。窓の外も漆黒の闇で、何も見えない。ダチョウがいてもわからない。とはいえ、何かが見えたら見えたで怖いので、カーテンはきっちり閉めた。大人なので、頑張ってお風呂に入って、気を紛らわすためにスマホにダウンロードしておいたお気に入りの海外ドラマを見て、明日、明るくなるまで絶対に目を覚ましませんようにと神様に祈ってから眠りについた。もちろん部屋の明かりはつけたままだ。

     *

翌朝の寝覚めはよく、悪夢も見なかった。(当たり前だ。)朝食はテラスで、爽やかな朝の空気の中、自家製パンと水出し珈琲をいただいた。優雅である。夕べ、ビビりまくっていたことはおくびにも出さない。
チェックアウトをし、山荘の方々に見送っていただき、伊那市創造館へと向かった。

伊那市創造館は、伊那市駅にほど近いところにある。駐車場がないので、少し離れた「いなっせ」という複合ビルに車を止めて、徒歩で向かった。
旧上伊那図書館の建物を文化財として保存し、活用している伊那市創造館は、昭和初期の建造物なので独特の風情がある。大勢で押しかける形になったが、館長さんが中を案内してくれる。2階の資料室には、かつて図書館だった名残で貴重な書物がたくさん収蔵されている。
館長さんからお許しを得て、いろいろ手に取って眺めていると、アキコ先生から「せっかく貴重な本がたくさんあるのだから、興味があるものを1点ずつ持ち寄り、みんなで鑑賞しましょう」とご提案があった。「では30分後に集合しましょう」ということで三々五々散らばって本を探しに行った。

本を物色していると、何人かの方がそっと私の耳に

「私も実はお酒飲める方なんです。次はぜひ飲みましょうね」

と囁いて行った。飲めるのに飲まない、暗いところも怖くない、それが大人というものなのだなぁ。じつに感慨深い。
気になる本を手に、再集合した我々は、それぞれが選んだ本を興味深く鑑賞した。本好きが集まっているので、選んだ本もバラエティーに富んでいて、楽しかった。自分では選ばない本、知らない本などがたくさんあり、また本の魅力に取りつかれてしまった。

資料室から出ると、企画展「大昆蟲食博RETURNS!」として、いなご、蜂の子、ざざむしなどが展示されていた。信州伝統の昆虫食は、いまや世界のトレンドとなりつつあり、一概にゲテモノ、気持ち悪いと言って遠ざけてしまってはまさに食わず嫌いと言えよう。私の父は、疎開先でカミキリムシの幼虫をとって食べていたと話してくれたことがある。ほんの数十年前まで、昆虫は身近な食べ物だったのかもしれない。

見学も終わり、昼食の時間になった。近くに全員で入れる店はないということで、ここでいったん解散となる。そのまま帰路につく人もあり、残った人たちは何か所かにわかれて食事をした。私は、ソースカツ丼が美味しいという洋食屋さんへ行った。初日からの宿題だったご当地グルメに最後でやっと対面できたというわけだ。ローメンもあったのだけれど、迷った末の選択。食べている人を見ると、美味しそうだったので、次は(あるのか?)ローメンをいただこう。

アキコ先生から「みなさんはこれからどうされますか? 観光ですか? お土産を買いますか?」と聞かれたので、すかさず

「信州味噌を買いたいと思っているのですが、近くにいいお店はありませんか?」

と尋ねると「うーん、駅の反対側に酒蔵があって、そこが味噌も売ってるかもしれない……でも定かではないです」とのこと。結局、他にも何軒かありそうなところを回ってみたけれど、どこにも置いてなかった。
先生もそうだけれど、お店で尋ねてもあまり芳しい答えがかえってこないところをみると、信州味噌はじつは現地ではメジャーではないのではないかという疑惑が。あるいは、長野は大きく、地域によって全く文化が違うと聞くので、信州味噌の有名なところはこの辺ではないのかもしれない。残念だ。

最後まで一緒だった人たちと別れ、私の製本合宿は幕を閉じた。次は東京で! 活版印刷の授業での再会を約束して名残惜しい伊那製本合宿は終了となった。東京で、飲みましょうね!(←しつこい)

長いようであっという間の1泊2日(私は2泊3日)だった。「おうちに帰るまでが製本合宿です」の気持ちで、気を引き締めて長い帰路についた。

と、思うでしょう? いやいや侮るなれ。私はとても諦めが悪いので、何とか信州味噌をゲットしたいと思っていた。インターチェンジに向かいながらも、どこかに売っていないだろうかと道の傍を見ていた。
高速に乗る前に、ガソリンも入れたかったので、ガソリンスタンドも探しつつ、味噌、味噌、味噌。

インターの近くにあったガソリンスタンドで給油していると、2日前のことが蘇ってきた。

みはらしファームの直売所! 

ここからなら車で5~6分だ。ダメ元で行ってみる価値はある。そそくさと給油を終えると、一昨日立ち寄ったみはらしファームへと車を走らせた。
すでになつかしさすらあるみはらしファーム。駐車場に車を止めて中に入る。味噌、味噌……あった! 北原醸造店の「伊那味噌」。まさに求めていたもの! うおおお! やったぜ、エイドリアン!
無事、念願の味噌もゲットしたので、思い残すこともなく、今度こそ意気揚々と帰路についた。

おわりに

私の製本合宿リポートは以上です。長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。
1日目は、まったく製本と関係のない話でした。2日目の伊那製本所での授業を文章であらわすのは至難の業で、伝わった気がしません。その後の懇親会、翌日の伊那市創造館見学は、ただただ楽しく、親しい友人と旅行に行った気分で書きました。伊那という自然豊かな町と、製本に少しでも興味を持っていただけたら望外の喜びです。


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