一期一会
場所取りからしっかり参加した花火大会は、今回が初めてだった。
台風の影響が心配されていた中、午前11時15分、私は浅草へ降り立った。
風が強く吹いていた。
雲は多く、雨がパラつく事もあったが、強い風が雨雲を押し流していった。
午前6時から場所取りをしていた友人と少し談笑してから交代し、約3時間ブルーシートの上で1人過ごしていた。
曇ったり、晴れたり、雨が降ったり。
日陰のおかげで、がっつり直射日光を浴びていた時間は少なかった。
でも、なんだか太陽光で身も心も殺菌された気分だった。
流れる雲をぼーっと見つめていたら、あっという間に時間は過ぎていた。
「日本人はどこにいるんだ?」
と呟いてしまうくらい、前後左右を中国人に囲まれていた。
私は日本にいるはずなのに、日本語が全く聞こえてこない。
「お隣良いですか?1人なので。」
異文化を痛感していた頃、流暢な日本語で話しかけられた。
顔を上げると、70代くらいの品の良いマダムがいた。身なりは綺麗だし、素人目でも高価そうな指輪を身につけていた。すごいな、1人でこんな時間に来たのか。
もちろん、断る理由も無いので了承した。
その後すぐに交代要員がやってきたので、私は一時戦線を離脱しようとした。
「2人そこ、入れますか?」
少しカタコトな日本語で、青年が尋ねてきた。
彼が指差した場所は、確かに2人入れなくも無いが、彼が入ればマダムが見えにくくなるのかなと懸念した。
(無理じゃ無いかなあ…)と呟きつつ、後の対応は交代要員に任せ、私は足早に持ち場を離れた。
買出しがてら休憩し、戻った時には友人とマダム、カタコトな日本語で尋ねてきた青年とその連れの少女が談笑していた。
コミュ力すげーな…と思いつつ、私は買ってきたお菓子を差し出した。
しるこサンドはマダムにも青年と少女にもなかなか好評だった、ように見えた。
青年と少女は、中国からやってきて、4月から日本語学校に通っているらしい。
名前は聞かなかったが、それなりに私もおしゃべりできた、と思う。
2人が習っているような、綺麗な日本語を私は喋れていただろうか。
改めて自分の言葉に注意してみると、主語は少ない、語尾は尻切れ。
大変申し訳なかったが、ニコニコしながら話を聞いてくれた2人には感謝だ。
彼女は初音ミクが好きらしい。千本桜は中国でも大人気だそうだ。
ワールドイズマインの歌詞を彼女が口ずさんだので、ワンフレーズだけ一緒に歌った。とっても嬉しそうだった。音痴でごめんね。
電波が良ければ流したのだが、残念だ。
マダムは東京オリンピックの開会式を見たいらしい。
最初の抽選は落ちたから、次のチャンスを狙っているそうだ。
お金というボーダーラインは、マダムにとって大した問題では無さそうだ。
ひょいと飛び越えて開会式のチケットを手にしている未来が見えた気がした。
来年の夏、ここにいる全員がどんな形であれ開会式を見れてたら良いな、と思う。
花火が始まった。花火は木々が邪魔をして、なかなかうまく見えなかった。
けれど、蝉の声と花火の音を聞きながら酒が飲めるだけで、私はそれなりに満足だった。
マダムは花火をほんの少し眺めてから、早々に帰り支度をした。
「歩きながら観て帰るわ。ありがとうね。」
確かに賢い選択かもしれない。
マダムがこの混雑で怪我をしないよう祈りつつ、別れを告げた。
綺麗な花火が観えていたら良いな。
青年が構えたカメラの先には、花火と彼女の後ろ姿。
素敵な構図だった。
「上手く撮れましたか?」
私の問いかけに、彼はちょっと首を傾げながらも爽やかに笑っていた。とても良い笑顔だった。
「お世話になりました」
彼と彼女も身支度を始めた。
世話なんてしてない。お菓子を囲んで、ちょっとおしゃべりをしただけだ。
なんならマダムが了承しなければ、隣で話すこともなかったと思う。
そしてお互い名前も知らない。きっと明日には顔だって思い出せない。
それでも、多少は楽しいひと時を共有できたのではないか。
「楽しかったって、中国語でなんて言うんですか?」
「ーーーーーーーー。」
「ーーーーーーーー?」
上手く喋れなかったけど、気持ちだけは伝わったと思う。たぶん。
帰り際、彼女からこんなことを言われた。
「プロポーズ大作戦って知ってますか?
あなた達を見ていると、そのドラマを思い出しました。山下とか、長澤とか」
どこがどうそう見えたのか分からないけど、きっと仲の良さが伝わったんだと思う。なんだか照れくさかった。
今日いっしょに花火を見た友人達とは、それなりに長い付き合いになる。
出会ってからもう5年?6年?7年?だいたいそのくらい。
常に一緒にいるわけではないけれど、気を使わずに自分のことを話せる貴重な仲間たちだ。
これからもふらっと集まって、遊んで、お互いの近況を報告し合いたいと、切に願う。
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