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あるファンボのRed Bull Kumite2019体験記

※この文章中にはラプラス所属のキチパーム選手とTeam ixa 所属のストーム久保選手のファンである筆者の面と、スポーツライターとしての筆者の面、格ゲーファンとしての筆者の面など、それぞれ視点が異なった見方が混在しややこしいことになっているかもしれません。予めご了承ください。


12月22日、中部国際空港セントレアのほど近く、Aichi Sky Expoにて、国内最大級のeスポーツイベントが開催された。「Red Bull Kumite2019」その名の通りエナジードリンクメーカーとして世界中で有名なRed Bull社が毎年フランスで開催している大規模格闘ゲームイベントが、今年なんと日本で開催された。

 私にとって非常にチャンスだった。以前より格闘ゲームシーンを追いかけ続けていたが、国内の大規模なイベントは首都圏で開催されることがほとんどであるため、大会へ出場するほどの腕ではない私にとって「試合を見に行くだけで遠征する」というのは非常にハードルが高いものであった。しかし今回はセントレアで開催されるということで、三重県在住の私にとって非常にアクセスが良いということもありこのイベントへの参加を決めた。

 今回のRed Bull Kumite2019の出場選手は、ストリートファイター5の有力選手が主催者による招待制で選ばれるという特殊な形式での大会になっている。そこで選ばれた15名の選手は誰もが知る国内外のスタープレーヤーはもちろんのこと、普段プロゲーマーとして活動していない隠れた超強豪プレーヤーなどにもスポットを当て招待するというところがファンにも好評なところである。
 そして今回私は二人の出場選手を応援したいという思いで会場に足を運んだ。その二人の選手とは、キチパーム選手とストーム久保選手だ。

 キチパーム選手はラプラス所属、日本屈指のザンギエフ使いとして有名。今年の前半はスポンサーがいなかったためカプコンプロツアー(以後CPTと表記)に参戦できなかったが、「ツアーを回らせてくれたら絶対に結果を出す」という本人の言葉通り、スポットスポンサーとしてWEBマーケティング会社の株式会社AZから支援を受けて参戦した世界最大の格闘ゲームの祭典「EVO2019」では並居る強豪を倒し見事ベスト8に残る活躍を見せた。その結果株式会社AZが発足したeスポーツチーム「ラプラス」の正式メンバーとして加入し、以後のCPTへ参戦が決定。
 8月のEVO2019を皮切りにCPT後半戦では怒濤の快進撃をみせ、シーズン後半からの参戦という圧倒的に厳しい状況からストリートファイター5(以後スト5と表記)の年間王者を決めるカプコンカップへの出場権を獲得した。
 その勝負強い試合展開と丁寧な地上戦や時には大胆なダブルアップを仕掛ける、まさに生粋のザンギエフ使い。凄まじい読みと反応速度から繰り出される「0距離波動見てからダブラリ」と「前ステ止めコパキャンセルCA」は主に筆者の度肝を抜いている。というのも筆者もザンギエフを使用するため、いかに難しい事をしているかが手にとるようにわかるのだ。
 キチパーム選手は前述のとおり今年の大活躍から今回の大会に招待され、大いに期待を集めていた。


 そしてもう一人はTeam ixa所属のストーム久保選手。日本屈指のアビゲイル使いとして有名、2018年のカプコンカップでは9位の成績を収めた。
ストリートファイター4時代から有名なプレーヤーで、当時から存在を知っていた選手。しかしながら私が大学卒業してからしばらく格闘ゲームから離れてしまっていたため、スト5でも活躍していると知ったのはEVOJAPAN2018でのことだった。積極的な択と高いコンボ精度でアビゲイルというキャラのポテンシャルを引き出すパワフルなプレースタイルが魅力。YouTubeなどでプレーを生配信していたり、海外大会の現地配信を積極的に行いストリーマーとしても人気が高い。しかしながら今シーズンはメインキャラだったアビゲイルが弱体化したことが大きく影響し、CPTでは思うように結果を残せず相当悔しいシーズンを送ることとなった。そして思うように結果を残せなかった彼は今大会に招待されていなかったのだ。 

 では何故招待されなかった彼の名前をここで挙げたか?

 彼が奇跡を起こしたからである。

 今回のRed Bull Kumiteでは招待選手15名に加えて、一人だけ前日予選を勝ち抜いた選手が参戦することができる。大会前日の21日、会場に集まった日本国内のみならず海外から参戦する強豪プレーヤーたち、その中にストーム久保選手もいた。1週間前に最新のゲームバランスに調整し直されたばかりのスト5で行われる最初の大会、何が起きるかわからないなかで前日予選は始まった。
 私は祈っていた、「なんとかここで彼を勝たせてやってほしい」と。今シーズン彼が苦しみ続けてきたところを見続けていた私としては、今年の最後ぐらい良い思いをしてほしいという彼への嘆願に似た思いをもっていた。予想ではなく、祈祷や験担ぎとして大会のチケットも購入していた。
 大会前の最後のゲーム配信でストーム久保選手は新しい調整でのアビゲイルに手応えを感じているという言葉もあった。その言葉通りにストーム久保(以降、選手を省略)は大会で止まらなかった。積極的な攻めと強力な当身の当て勘、そして会場を沸かせに沸かせたタイヤをもってして順調に勝ち進んでいく。どぐら選手や板橋ザンギエフ選手など国内の強豪プレーヤーをなぎ倒し気がつけば無敗のままウィナーズファイナルへ進出していた。そこでストーム久保に立ちはだかったのは、韓国屈指の強豪プレーヤーインフィルトレーション選手。ここまで驚異的なパフォーマンスで勝ち上がってきており、優勝最有力と目されていた彼が下馬評通り決勝の舞台へのし上がってきたのだ。インフィルトレーション選手は複数のキャラクターを高いレベルで使用し、ストーム久保が使うアビゲイルが苦手なキャラも手駒に控えているため、ストーム久保側が厳しいのではないかという会場の空気も少し感じられた。

 無敗でここまで勝ち上がってきたストーム久保選手は1セットとれば優勝、インフィルトレーション選手は2セットとれば優勝という状況。しかしインフィルトレーション選手の巧みな牽制と状況回避能力で1セットを失ってしまう。
 そして迎えるグランドファイナル、勝った方が優勝という大詰めを迎える。
 ストーム久保は試合後、この時腹を括ったと語った。「ここまでのプレーを見せるインフィルトレーション選手になら負けても仕方がない」という一見諦めにも感じられるようなものだったが、その実「普段自分がしないだろうという選択」をするための覚悟を決めのだ。
先ほどの試合ではインフィルトレーション選手がストーム久保側の選択肢を巧みに躱して試合をコントロールした。そこでストーム久保は行動を読まれにくくするために「自分らしくない選択肢」を選ぶという対策に打って出た。この決断をするには非常に度胸が必要だっただろう、自分の信じる逆の手を打つという博打をするのだから。ただこの迷いを吹っ切ることができたのはインフィルトレーション選手の紛れもない強さがあっての事だっただろう。ストーム久保にはこの手しか残されていなかったと言ってもいい。
 3本先取のグランドファイナル、悪い流れは続いていた。インフィルトレーション選手のペースは変わらず、あっという間に2本を先取されてしまう。あまりに絶望的な状況、誰もがストーム久保の勝利を諦めかけていた。しかしストーム久保はここでも前に出続けた、そして流れを変える1本を取り返す。ここでインフィルトレーション選手も2勝を挙げたジュリから遠距離戦が得意なメナトにキャラを変えることで何事もなく終えようとした。しかし思い返せば、このキャラ変更すら大きな流れの中にあったのだろう。

 距離を取るメナトに対して、ストーム久保は果敢に距離を詰めていく。接近戦に持ち込まれると脆いメナトに対して、ストーム久保のアビゲイルの攻めが遂に通りだす。追い込まれているメナトの逃げを刈り取る当身技が通ったとき、流れはすでにストーム久保の中にあった。最終ラウンドはまさに死闘と呼ぶにふさわしい攻防の末、最後に立っていたのはストーム久保だった。

 今シーズン苦しみ抜いた男が掴んだ優勝、その勝利は無限の価値があるものだったと翌日また知ることになる。

 前日予選を勝ち上がりなんとか出場権を得たストーム久保、そしてキチパームの両選手。私が彼らを応援するようになったのは2年ほど前に遡る。当時二人はアトラスベアというチームのチームメイトであった。そのチーム名に違わず、所属選手たちの使用キャラはとにかくマッシブでコマンド投げや強力な打撃を武器にしたキャラばかりで、筆者自身そういったキャラを好んで使用していたため、「いい趣味したチームがあるじゃないか」とすぐにファンになった。往々にして格闘ゲームにおいて体が大きいキャラというのは不遇になりやすい、しかしながらアトラスベアの面々は使用キャラへの愛情を感じた。そこがファンになった大きな理由だったのかもしれない。
 そんなアトラスベアだったが、悲しいことに2018年末にチームを解散することになってしまった。いまでも当時の所属メンバーを応援したいという思いでそれぞれを追いかけているというわけだ。


 と非常に長大な前置になってしまったが、ともあれ私が応援する二人が見事Red Bull Kumite2019 へ出場することが決まり、宝くじがあたったかのようなウキウキ気分で会場へと乗り込んだのだ。


ここからはRed Bull Kumiteの現地で私が体感したことを項目ごとに書こうと思う。

・Red Bull Kumiteの演出上手と海外選手の意識の高さを見た

 Red Bull Kumiteと言えばその演出が特徴的だ。金網に覆われたステージが中央におかれ、その周囲を観客が囲む。まるで格闘技のUFCのようなステージの作りだ。煌びやかなスポットライト、赤と青のレッドブルカラー(レッドブルとレッドとブルーに掛けているのかな?)に分かたれた両サイドにプレーヤーが座る。
スポーツライターとして写真の撮影もこなすがこの暗い照明に強烈なスポットライトが光る上、金網越しという厳しいコンディションで写真を撮るのはなかなか大変だった。  
 この大掛かりなセット、普通のCPTなどでは到底お目にかかるような代物ではないが非日常の空気感を演出することで観客としても参加するプレーヤーとしてもエンタメ的なパフォーマンスがしやすい演出なのだろうと推察できた。そうRed Bull KumiteはCPTではなくお祭りなのだと、観客にも選手にも見せつけているようにさえ見えた。日本人はイベントで弾けるということが得意ではない。昔の闘劇などを見ても決勝なのにこの静けさとは一体・・・?というシーンは山ほど見てきた。だが今回のRed Bull Kumiteでは試合が進むたびに観客の歓声は大きくなっていったし、私自身も声を出さずに見ることができなくなっていた。カメラマンのくせにうるせえなとスタッフさんに思われてしまったかもしれない、スタッフの皆様本当に申し訳ない。

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異様な雰囲気が流れる会場


 そして選手たちの入場がはじまる。総勢16名の選手が一堂に会するのは最初のこの時だけ。そんななかで感じたのは海外プレーヤーの「見せる意識の高さ」だ。特に目立ったのは801ストライダー選手とパンク選手。

 この二人は興行を非常に理解していると感じた。筋骨隆々の体格を持つ801ストライダー選手はまるでWWEのようなプロレス的な動きで入場し会場を盛り上げる。その後も自らの試合がある度に入場時に対戦相手とパフォーマンスを必ず考えて登場するのだ。しかも相手選手の持ち味をしっかり理解した上でコミカルなコント調のパフォーマンスまでしてみせる。実力もさることながら、やはりあれだけサービス精神旺盛な姿を見せてくれると応援したくなる。今回のRed Bull Kumiteで彼のファンになった人も多いのではないだろうか。

 そしてもう一人、パンク選手。若くしてスト5世界最強に最も近い男、その残酷なまでに相手を倒す圧倒的な実力。今年のCPTランキングも堂々の1位。強すぎるせいでヒールの扱いを受けてしまう彼もまた、サービス精神の男だった。最初の入場の際には金網の周りに座る最前席の観客全員とぐるっとハイタッチをして入場。無邪気なその姿はまさに少年であり、ヒールとはかけ離れた存在に映る。そして何より彼は表情が豊かだ、大会の随所で彼の表情がまた面白い。初戦のストーム久保との対戦が決まった時の両者の表情の対比は今大会の中でも最も面白かった瞬間の一つだろう。

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観客とハイタッチをするパンク選手


 一つキャラを立てるということが今のプロシーンにも必要とされてくるのだろうと私は感じた。日本で開催された大会なのでもちろん日本人プレーヤーは観客も知るところだろうが、やはり何か味が欲しい。そういった点で気を配れている日本人プレーヤーはときど、キチパーム、ストーム久保の3選手だったように思う。

 おそらく現地観戦の人間にしかわからなかっただろうが、ときど選手は自分の使用キャラである豪鬼の所作を意識しての登場。2番目の登場だったのにも関わらず、全員が揃うまで腕を組んでの仁王立ちで不動の姿勢を貫いていた。それはときど選手なりの真剣さと集中、さらには「豪鬼的」な所作を観客の前で欠かさないという姿なのであり、「ときどとはこうあるもの」という自己プロデュースでもある。

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おなじみの「天」ポーズをするときど選手

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ときど選手は仁王立ちのまま20分ほどポーズを決めていた



 キチパーム選手も同様だ、彼も使用キャラのザンギエフの所作というところと「投げキャラ使い」という特殊な人種のイメージをうまく混ぜ込んでいた。彼のビッグマウスでありながら、実現してくれそうな空気感は私の一番好きなポイントでもある。初戦の組み合わせ決定の時に見せた不遜な態度も、801ストライダー選手との入場シーンも盛り上げに一役買った素晴らしいものだった。

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見事に初戦を制しポーズを決めるキチパーム選手


 そしてストーム久保、今回前日予選を勝ち抜いたという自信と喜びを爆発させ、使用キャラのアビゲイルの技を真似しての登場。彼もまた表情が面白い、いや表情が面白くなるバックボーンが付いてくる不思議な選手だ。そして彼だけにしかできなかったのがゲームプレイの中での意識だ。今回は新調整によって彼の使用するアビゲイルにも新しい技が追加された。それはタイヤを呼び出すというものであり、タイヤに攻撃を当てるとタイヤが跳ねまわり当たれば相手にダメージを与えるという練習を積まないと使いこなせないであろう代物であった。この技はアビゲイルのモーションのコミカルさやそのテクニカルなコンボを引き出す様で前日予選で使用した際に大人気になった。まだタイヤの使い方は未完成のはずだが、ストーム久保は本戦でも果敢に使用し観客を盛り上げていく。期待には出来る限り乗るのがこの男のサービス精神、そこが魅力的な選手である。


・現地観戦ならではの醍醐味

 大会の観戦後、ネット配信ではどのように写っていたのか気になったため少しアーカイブをチェックしてみることにした。そこで感じたのは声援の量の差、現地では結構な声援が飛び交っていたがネット配信上の動画ではやはりマイクに限界があるのかボリュームが足りない。あれでは現地と配信では印象に結構な温度差があったのではないかと思う。会場で感じる熱というのはやはり現地観戦最大の魅力と言っていいだろう。そんな中長丁場にもかかわらず声を出し続けていた実況のアール氏には感服。会場を見渡した限り意外なほどにカップルの来場客が多く、彼氏が彼女にこれはこうなってると教えている光景もちらほら見受けられた。初めて見る人も多い環境の中でアール氏の解説は、何が凄いかというのを直感的にわかりやすく表現していた。詳しい人間ならそもそも理解しているから放っておいても構わない、大事なのは今日初めて触れた人が楽しいかどうかなのだ。そしてあれだけの長丁場で声を出しつづけられる人も今の実況では他にいないだろう。観客もアール氏に乗せられてどんどん歓声が大きくなっていったように思う。アール氏が重宝されている理由がよくわかった大会だった。

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大会を盛り上げ続けたアールさん、歌広場淳さん、平岩康佑さん


 そしてさらに現地ならではの出来事というと、色んなプロゲーマーと会えるというのもある。筆者も前述の通りファンであるストーム久保選手、キチパーム選手の両名になんとか挨拶できないかと思っていたが、さすがに出場選手とは待機部屋が完全にセパレートされていたためそれは叶わなかった。だが幸運はあった、前アトラスベア所属で現在はストーム久保選手と同じTeam ixa所属の世界最強のアレックス使いであるガンファイト選手と遭遇しご挨拶をさせていただいた、私のハンドルネームを覚えて貰っていて嬉しい限りだった。
 そして私が必死に写真を撮っていると、ふらりとひとりの男性が後ろに立っていた。どこかで見たことある顔だなとよく見ると、間違いないインフィルトレーション選手だ。あまり周りに広まると迷惑がかかると思い、こっそりと昨日の試合最高でしたと伝えさせていただいて握手をしてもらった。そのほかカワノ選手やジョビン選手など、先日の前日予選に参加していた選手の皆さんもたくさん拝見した。皆さんさすがプロというべきか、対応は非常に柔らかい。快く握手などしていただいて申し訳なく思う、カプコンの小野さんにまで握手をしていただいてしまった。


・当然の話だが試合は最高なものばかり

 肝心の試合の部分だが、やはり選ばれた面々をみれば分かる通り面白くないはずがない。調整が加わったばかりというタイミングもあり、新しいネタやミスなどもあり盛り上がるポイントが多分にふくまれていた。不思議なものだが、配信で見ていると「なんでミスしたのか」という感想になるが、現地で見ていると「とんでもないことが起きた」と歓喜と悲鳴が入り混じった感情が吹き出してくる。
 大会の中で残念だった部分は日本人レッドブルアスリートが早々に敗退してしまったことが挙げられる。初戦では日本人対外国人というカードが多く実現したが日本人レッドブルアスリート全員が負け負けの最速敗退となってしまったのは主催にとっても困ったものだっただろう。もちろん実力者だらけの大会のため誰が勝っても不思議ではないのだが、そこは一つ意地を見せてもらいたかったという気持ちはあった。
 大会を沸かせた日本人選手といえばやはり優勝した藤村選手。早速新要素のVS2の撒菱を駆使してとても常人とは思えないような確認精度を見せつけた。特に初戦の対Takamura戦で見せた大足スカリにCA差し込みは狂気の選択肢と言っていいほどの行動で、これをしっかりと成功させてしまう藤村という選手の度胸と実力の凄まじさたるや。藤村選手に次いで日本人最高位になったのがストーム久保だった。前日の勢いそのままにパンク選手やときど選手を倒しまさに今回の主人公のような活躍を見せた。彼の念願だった801ストライダー選手との対戦も実現したが、死闘の末敗退。会場を去る彼の背中には大きな声援が送られていた。
 海外勢では準優勝したインフェクシャス選手の活躍が目立った。格闘ゲームではなく心理戦を仕掛けているような不思議な立ち回りで、気がついたらインフェクシャス選手が試合のペースを握っているという試合展開。試合中は全く表情を変えないその謎めいたキャラクターも合わせてとにかく不思議な選手だが実力はまさに本物。相手が起こした行動に対してリスクをどんどん負わせるそのスタイルに、来季のプロたちはどう立ち向かっていくのか今から楽しみである。

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タカムラ選手との死闘をビッグプレーで制しインタビューでほっとする藤村選手

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801ストライダー選手と試合前の握手を交わすストーム久保選手


・eスポーツは興業として成り立つのか?

 筆者が大学を卒業したのは2012年、この時大学の卒業論文では「日本のeスポーツに明日はあるのか」というタイトルで、日本におけるゲームのこれまでの位置づけと、これからどのように広まっていくべきなのか、新しいスポーツコンテンツとしてゲームは成立するのかということを題材にして論文を作成した。今読み返せば加筆修正したいところが山のようにあるが、2012年当時というとマッドキャッツ社にウメハラ選手、マゴ選手、ときど選手の三人が日本人プロ選手として加入し話題になった時期にこの題材をぶち上げていたのは、今となって思うとそこそこ先見の明があったのかもしれない。その当時と比較するとこの1、2年でプロゲーマーという職業の認知度も飛躍的にあがり、良くも悪くも世間に取り上げられる機会も増えてきた。だが、興業として成立しているかといえば全くのノーである。
 正直な話、今ぐらいの話題性は2015年には通過していて欲しかった、2019年の今現在では利益を上げられるビジネス構造が出来上がりつつあって欲しかった。

 今回のRed Bull Kumiteでどれだけ赤字が出ているかさっと推察してみよう。
 まず利益の観点、今回は現地観戦には2500円の入場料が必要だった。来場者は席数から勘案すると1,000人ほどだろうか、となると入場料で250万の利益が出る。しかし利益はこれと、当日のドリンク1,000杯売れたとして40万ほどだろうか。
 では掛かった費用は如何程だろう、まずは会場使用料。セッティング撤収込みで最低丸2日はあの大会場を押さえているはず。そして前日予選の会場にスタッフ用の控え室、さらには空調や音響設備の使用料なども想定してみると軽く1000万は掛かるはずだ。だめだ、すでに凄まじい赤字を弾いている。さらにここに招待選手への報酬、演者へのギャラ、配布ノベルティ、スタッフの人件費、設備費、輸送費、広告費などを考えるともう3,000万ぐらい乗っかってくるだろう、いや3000万では効かないか4、5,000万乗っかってくるかもしれない。
 となると軽く5,000万ぐらいの赤字が出ているのではないかと推察される。こんな赤字出して耐えられるのはレッドブルという会社の体力があってこそ、これだけ投資してくれるレッドブルに感謝せねばなるまい。
 ではどうすれば少しでも赤字を低減出来たのだろうか。プロスポーツ、例えばプロ野球では客単価が席によっては1,500円から5,000円の振れ幅があるものの3万人は収容できる。満員になれば1試合で1億ほどの売上が出るといわれている。ここにグッズ販売や放映権料の収入を得ることで選手への莫大な年俸分をペイして黒字化しているのだ。
 それを思うと今回のRed Bull Kumiteの中ではレッドブルアスリートのグッズ販売もしていなかったし、席数も会場のキャパがあるため限られてしまう。しかも試合は無料配信だ。入場料2500円というのはあくまでノベルティの料金と、観戦者の質をある程度引き上げるためのものでしかないということだ。

 そもそもレッドブルがこのイベントで儲ける気がないのはよくわかった。しかしながら利益が上がらないと業界自体が廃れてしまうので他のイベントの際しっかり儲けて欲しいという意味での提言になるが、まずグッズ販売は絶対だ。これほど利益を上げやすいものはない。選手名付きタオル1枚1500円、生産枚数にもよるが原価単価はおそらく200〜300円少々、もっと下がるかもしれない。となると利益率80%の代物が簡単にできる。そして客としても1000円前後のグッズは記念に買いやすい。タオルというのは最強のグッズなのだ、矢沢永吉はタオルだけで一体何十億稼いでいるのだろう。
 そしてここは思い切ってPPVをスタートさせてもらいたい。あれだけの時間を無料配信というのは正気の沙汰ではない。儲からない業界に未来はない、300円からスタートしても全然良い。1万人の視聴者がいればそれだけで300万、今回の入場料の利益をそれだけで超える。
 最初は反発する声もあるだろうが、各チームやスポンサーも現在赤字を払い続けている状況だ、広告宣伝費として割り切ってもらい続けるのもなかなか大変だろう。何かしら利益をあげる構造は間違いなく必要である。そして利益を得ることに反発する人間は相手にしなくていい。主催者側にメリットがあれば次のイベントも企画しやすいもの。1月にはEVOJAPANの開催も控えている、あらゆるタイトルの大会が開かれ多数の視聴者も見込まれる。そろそろ何かアクションを起こしても良いのではないだろうか。


・総括
 私が初めて参加した大規模大会となったRed Bull Kumiteは最高の大会だったと思う。会場のすさまじい熱気に当てられて思わず声を出し続けてしまった。一歩会場の外に出ると冬の雨の冷たさに一気に現実に引き戻されてしまったが、それも夢のように感じられた。
 ただイベントとして少しきつかったのがその時間の長さ、開場の10時から21時までの丸半日という日程はなかなかハードだ。日曜日と立地がセントレアということもあって、大会終盤には帰宅のために席を立たざるを得ない観客の方が多く見られた。大会進行について特に滞った部分もなかったので、ある程度順調に進めながらも10時間はかかってしまうイベントということになる。さらには途中休憩も10分間の物が3度挟まった程度だったので、食事をする暇もないというのももう一つ辛かった。もう少しカジュアルに参加できる大会形式が出来上がると良いのだが、現在主流のダブルエリミネーションを採用する以上は仕方がないのだろうか。何はともあれ宿泊もできる土曜日の開催だと嬉しい。

 次回もぜひ参加したい、現地での応援は画面の向こうからとは全く違ったものであった。

「たかがゲーム、それがどうした」

 その言葉が今も胸によぎる。


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