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「給水塔の在る風景」

 給水塔 ― 給水システムに充分な水圧を与えるために設けられた巨大なタンクのこと。団地や工場など、一定の区域に安定した水圧と水量で水を送るための施設である。 ―
 
あれって、給水塔だったのか。ふと、手が止まる。
この中の1つがごく見慣れたものだと知った時、今までそれを気にも留めていなかったことを自覚する。
あんなに大きいのに、存在感抜群なのに。
あれが何なのか?ということを、全く気にせず生活していた。
 
掲載されている給水塔は、役割や目的が同じであるにも関わらず、その見た目は実に様々だ。
色、形、デザイン、どれをとっても1つとして同じものは無いのではないかと驚く。
それを見慣れない人たちにとっては、ありふれた暮らしの中に唐突に現れるその構造物は異様でもあるだろう。
しかし、生活圏内にある人にとっては、自然とそこにあるものでもある。
日常の風景の中に溶け込んでいるようで、しかし圧倒的な存在感を同時に持ち合わせているのは、大きさのせいだけだろうか。

比留間 幹『給水塔』

写真の世界で給水塔といえば、ベルント&ヒラ・ベッヒャーである。
1992年に刊行されたベッヒャー夫妻の代表的な写真集「給水塔」の存在はあまりにも大きく、作家自身も、給水塔を被写体にすることを“避けるべき対象をわざわざ選ぶ愚挙”と本書の中で言及しているほどだ。
ドイツを中心に、欧米の近代産業が生んだ建築物や住宅を撮影していたベッヒャー夫妻の作品は、機能種別に組み合わせた被写体を比較対照した「類型学(タイポロジー)」の手法を用いている。
とりわけ給水塔は、同じ機能を持ち合わせていながらその姿は多種多様であり、夫妻の数々の作品の中でもタイポロジーというコンセプトをより際立たせている。
なぜなら、その構造の単純さから、構成要素の組み合わせに一定の自由度があるため、立地条件や気候など様々な影響を反映させることが出来、その土地に合わせたものが作られているからである。
写真作品としての完成度の高さはもちろんのこと、タイポロジーというコンセプトを貫徹したコンセプチュアルな作品として現代美術の分野でも高い評価を受けている。
本書を手に取った時でさえも、やはり思い浮かぶのは夫妻の作品だった。
 
ベッヒャー夫妻が被写体を画面の中心に置き、光を均一にするため曇天の日に撮影していたのに対し(これはタイポロジーという手法を取るためだが)、
本書の給水塔達は構図を意識した画面の中に配置され、さまざまな天候のもとに個性豊かな顔を見せる。
ある時は日中、ある時は夜の明かりに照らされて。
夕日の中ではドラマチックにすら思える。
晴れ、曇天、雪の中。
ある者は街に溶け込んでいるふうで、ある者は田畑に囲まれ、ぽつねん、と。
そこに、佇んでいる。

比留間 幹『給水塔』

形、存在のユニークさを越え、郷愁すら呼び起こさせるのは、これらが日本の暮らしとともにあったこと、静かに寄り添っていることの証ではないだろうか。
そして、老朽化と、それに代わる水道設備の普及により、やがて失われていく運命であることを私たちは想像する。
時代の移り変わりによって、生活が変化していくことを誰もがわかっているからだ。
現存数に関する正確な調査や統計は行われていないようだが、給水塔愛好家で『団地の給水塔大図鑑』の著者である小山祐之さんによると、2018年には現存数が813基だったのに対し(※1)、
2023年には約750基になっているとのことだった(※2)。
 
「しかし、その状況が撮影の動機となったのではありません。」と、あとがきで言及されているように、作家自身が追い求めたのは、給水塔の消え行く姿だけではない。
なぜなら、本書の中でさまざまな姿を目にするにつれ、
“失われゆくものを今、記録しておかなければならない”という使命感や焦燥感はあまり感じられないからだ。
むしろ、それはこちらが勝手にかけていたフィルターのようにさえ思う。
そこには、給水塔の佇む風景が淡々と収められている。
それは、ありふれた日常であり、日々の暮らしの一部だ。
遠い異国の話でも、過去の話でもない。
いつの時代も同じようにそれぞれの日常があり、今、私たちの生活につながり、そしてその先へと続いている。
給水塔達はそのことをひっそりと私たちに伝えてくれている。
時代の変化が容赦なく進んでいく中で、いつかはそうなるんだとわかってはいても、あまりにその流れが早いと、ついていけないのは人間も同じだ。
だからこそ、それでもまだ変わらずそこにあることに安心し、
時に人は、その運命を受け入れている姿に自分を重ねるのかもしれない。
そして給水塔達は、ただ、そこに佇んでいて良いと肯定してくれる。
それが、給水塔が人々を引きつける答えの一つだと思う。
 
近所にまた新しい駐車場が出来た。
そこに前は何があったか全く思い出せない。
あの給水塔もいつかはそうなってしまうのだろうかと、ふと見慣れた景色を思い浮かべるのだった。

※1 「団地の給水塔大図鑑」書評 日常の中に見いだす新しい地図|好書好日
※2 高度経済成長期を支えた団地の給水塔、全国で減少傾向…「聖地」多摩川住宅も22年に1基を撤去 : 読売新聞

写真集レビュー⑥
比留間 幹『給水塔』( 2015年10月25日)
文 飯島 友梨子

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