見出し画像

破れたTシャツ、タトゥー、ピアス、怪我、パンクロック。彼女たちは一体誰なのだろう

本書の装丁は、可愛らしいピンク色の布張りだ。一見幼さを感じるような色味だが、手にとってみるとしっかりとした重みと、頑丈なアルバムのように製本されたハードカバーの厚みを感じる。表紙には、モノクロで撮影された1枚のポートレートが配されており、ある女性の顔がクローズアップされている。タイトル「What She Said」の文字以外、その女性に関する手がかりは見当たらない。女性の髪型は、毛先まで細かくかかったソバージュで、そのファッションがおそらく現代ではなく、ひと昔前に撮影されたものであることを示している。証明写真のようなやや誇張された雰囲気のポートレートだが、それがポップなピンク色の背景色とのミスマッチさによって、表紙の女性の謎を際立たせている。
ページをめくると、そこには全編に渡って若い女性たちのポートレートが配されている。表紙の女性とは明らかに違う時代に撮影された現代的なポートレートだ。見方によってはファッション雑誌のお洒落なストリートスナップのようだが、消費的な意味合いの写真と様相を異にするのは、まっすぐに彼女たちを見据える撮影者の視点があることだ。それがポートレートを眺める者の視点を、写し出された女性たちへ重なるよう促しているように感じる。

『WHAT SHE SAID 』Deanna Templeton

写真家であるディアナ・テンプルトンは、アメリカ、ヨーロッパ、オーストリア、ロシアのストリートで20年間に渡り、反逆的で過激なイメージを強調したファッションに身を包んだ女性たちを撮影し続けていた。そして本書の表紙であるモノクロで撮影された女性のポートレートは、かつてのテンプルトン自身だ。

テンプルトンがアプローチした女性の多くは共通の特質を持っている。
“彼女たちは、私が彼女たちの年齢だった頃の私、または私が美しく、強く、独立していて、ワルだったらよかったのにと思っていたもののどちらかでした。”※1

本書は、テンプルトンによって各地で撮影された女性たちのポートレートが、1984年から1988年までに当時10代だったテンプルトンによって書かれた日記と、バンドのチラシやフライヤーとともに対比されている。綴られた日記は、思春期の女性が抱く憧れや悲哀を赤裸々に明かしており、テンプルトンが言う「強烈な思い出」としての若い頃を、時にはユーモアを交えながら描き出している。

テンプルトンが撮影するモチーフは常に、特定の年代や見た目の女性像を想起させる。さらに、特筆すべきは、偶然出会った道端で同様のポートレートが執拗に繰り返されていることだ。私は、テンプルトンの写真に、過去の自分を省みるような内面的な視点を感じた。控えめに微笑んでいたり、少しだけ伏し目がちにカメラの前に立っている女性たちの態度は、撮影者との即興的で作り込まれていないカジュアルな関係性を物語っている。柔らかな自然光で統一されたトーンによって、メイクや服のディティールと等しく、肌の傷や肌理、髪の毛の質感が素朴に伝わってくる。時折、自傷行為の跡や部屋の様子など、ポートレート以外のカットが意味深に差し込まれている
が、全体がモノクロとカラーのリズムで表現されることによって詩的な繋がりを生んでいるのではないか。

「彼女たちは一体誰なのだろうか?」という問いは、最初に本書を見たときに浮かんだものだ。
撮影された女性たちの見た目からは、激しい自己主張や他人との差別化への強い欲求を感じるにも関わらず、佇まいはむしろ皆一様にあどけなさを湛えていることが気になったのだ。

“今日の若い女の子たちは私と大きく異なる世界に住んでいますが、女性が成長するという経験はいつの時代でも普遍的です。私はこれらの女性たちの中に、私自身の葛藤、失望、そして勇気を見出しています。”※2

『WHAT SHE SAID 』Deanna Templeton

テンプルトンが撮影するポートレートが、人生のある時期に経験する激しさを見る者に想起させる。だからこそ、思春期の女性に共通する普遍性を繰り返し見ている者に訴えかけてくる。日記は、作者自身の強烈な在りようを「今、ここ」に呼び戻しているかのようだ。その瞬間、全く知らなかったはずの女性たちが、まるですでに出会ったことがあるような距離感で浮かび上がってくる。忘れ去っていたはずの記憶が意識的な痛みを伴って蘇り、写し出された女性たちがこちらを見つめ返してきたと感じるとき、冒頭の問いの答えはまさしく「かつての私自身である」と言えるかもしれない。

※1,2
『What She Said』- ディアナ・テンプルトンによるテキストより(拙訳)

写真集レビュー②
『WHAT SHE SAID 』Deanna Templeton(2021年)
文 岩田 芽子


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?