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動画と共に見ることでより深く「読む」ことができる写真集

「自分の生きている国のことを何も知らない」 
東日本大震災を境に公文健太郎は活動の主体を国外から国内に移し「人の営みが作る風 景」をテーマに作品を制作している。 
これまで農業と人をテーマとした「耕す人」、川と人の「暦川」につづき、「光の地形」 は半島とそこで暮らす人、そして人の営みが作り出す風景に着目した写真集である。 
半島をテーマにしようとした理由について、公文健太郎はこう答えていた。

『日本の土地の中で特徴的な地形や場所を選んで撮ることでそこの土地ら しさが人の生活を通してみることができる。それが見れるところがどこか と考えた時に半島を思いついた。 』

(CANON公式サイト「半島」インタビュー&コラムより)

「光の地形」は北海道から鹿児島までの8つの半島を自分自身の足で歩き、そこに暮らす 人と話を聞き、そこで感じた風景をそれぞれに 
• 「半島に暮らすとは」(佐多岬半島) 
• 「半島に生きる人と海の営み」(能登半島) 
• 「成り立ちと人の営みの繋がり」(島原半島) 
• 「森を大切にする人の暮らし」(紀伊半島) 
• 「日本の入口と出口であった半島の変化」(薩摩半島) 
• 「古いものと新しいものが織りなす風景」(下北半島) 
• 「伝統文化と継承」(男鹿半島) 
• 「馬と人の暮らし」(亀田半島) 
というテーマを元に撮影を進めた写真集となる。 
写真集を開くと断崖絶壁の岩場に波が打ち寄せる写真が最初のページに収められている。

この風景は佐多岬半島で撮影したもので、公文健太郎が思い描く「半島」のイメージであ るという。三方海に囲まれ、波やら文化やら経済が外から押し寄せて入ってくる様子を表 している。 

それ以降は、8つ半島を旅する中で出会った人や風景の写真を半島ごとにまとめている。 

全体的に暗めのトーンで、暗部と明部をより強調したコントラストの強い画像編集で統一 されていている。映画のシーンを収めたカタログ冊子のように現実味のない「作られた風 景」という印象を受けた。

『撮影の姿勢も、被写体ときちんと向き合った揺るぎのないものなのだ が、写真集の、アンバー系の色味を強調した黒っぽい印刷はどうなのだろ うか。(中略)今回のように、それぞれの半島の個別性が薄れて均質な見 え方になってしまう。視覚的情報を制限してしまうようなプリントの仕方 が、うまくいっているとは思えない。個々の写真のあり方に即した、より 細やかなトーン・コントロールが必要なのではないだろうか。 』

(飯沢耕太郎「artscape 2021年2月1日号」より)

写真評論家の飯沢氏が評しているように、この写真集は似たような暗いトーンの写真が単 調に続く。その為、写真集を読み進めるにつれて次第に見る事に少し飽きてくる。 

その点では「うまくいっているとは思えない」という飯沢氏の意見に同意できる。 

また、この暗めのトーン自体は「シャドウ部に大事なものがある方が人の目は何があるん だろうと見に行こうとする」と語る公文健太郎らしさとも言えるが、その「シャドウ部に 映る大切なもの」すらパッと見ただけでは「何が大切なのか」が理解できない。 

すぐに解らないメッセージを写真の中から発見していくのは、写真集の面白さではあると はいえ、全体的にただ暗い同じトーンが続くと最後まで読み進めるのは正直辛い。 

ただし、そうした感想は「光の地形」という写真集を他に何も情報なしに単体で見た場合 のものである。なぜなら、この写真集の制作に関わる情報をひとつひとつ調べていくと写 真集の見え方や感じ方が大きく変わってくる事を実感したからだ。

公文 健太郎『光の地形』

これは今回、公文健太郎が半島を取材し作品制作を行なっていく過程はCANON EOS RP のプロモーション用のドキュメンタリー動画に描かれている。公文健太郎自身も撮影に EOS RPを使用していることがその動画からわかる。 

「耕す人」、「暦川」ではフィルムカメラも使用していたが「光の地形」はデジタルカメ ラだけで撮影している。「光の地形」のトーンは機材の変更に大きく起因していると思われる。 

写真集を読み解く上でこの「半島」シリーズの動画は大きな手掛かりとなる。写真集単体 では理解できなかった写真の意味や全体としての構成の理由が、急に視界が開けたように わかってくる。 

「わかる」だけではなく、動画を見ていくことで「つまらない」と初見で感じてしまった 「光の地形」という写真集の写真1枚1枚が急に面白く感じるようになってくる。 

「光の地形」に収められている海と山の風景は、ある意味日本のどの場所でも同じような 写真である。 

「光の地形」は写真集だけではなく、動画作品としても作られている。 
公文健太郎と半島の人々とのやり取りが写真だけでなく動画としても記録されていること で「人の営みが作る風景」を一つのドキュメンタリーとしてより伝わってくる。

『映像で撮りながらこれは写真と思う瞬間は写真を撮る。写真でできるこ とを映像でやっても意味がない。逆に映像でできることを写真でやていて はいけない。 』 

(公文健太郎「PhaT PHOTO 私の映像視点 Vol.001」より)

瞬間を切り取ることで意味がある部分に絞って写真に収め、写真集にまとめたという視点 で見れば、写真ならではの表現に特化したねらいが十分に感じられる。

改めて、「光の地形」に視点を移してみると、まずは黒く潰れて全くわからなかったと感 じていた人々の表情が見えてくる。ただし物理的にくっきりと見えるようになった訳では ない。「想像できる」ようになったという意味である。 

公文 健太郎『光の地形』

写真集の見方としても、半島毎に動画と写真集を対比しながら鑑賞するのは斬新な体験 だ。また、動画の内容を頭の片隅に置きながら改めて写真集全体で全く別の物語を想像す るのも楽しいだろう。 

公文健太郎は、この作品に限らず多くの動画やメディアに出演し、明朗闊達な性格もあり 多くのことを語っているので、彼の作品を理解する上では積極的に活用すると良い。 

むしろ、写真集という紙媒体に閉じた世界で全てを表現せず、クロスメディア的な発想で 作品作りをしている点は見る側としても現代的だ。新しい視点から作品をみる中でその度 に新たな発見があるのはとても面白い。 

「光の地形」は動画作品やインターネット上の情報と合わせて、作品の意図や隠れた情景 を考えながら読み進めると良い写真集であろう。

写真集レビュー①
公文 健太郎『光の地形』(2020年12月)
文 宇崎 裕之 

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