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不穏に落ち着く ジョン・ゴセージ『THE ROMANCE INDUSTRY Venezia / Marghera 1998』

文・写真 岡崎宗志
 
 第一印象は立派なのに地味な写真集だな、だった。タイトルも少し矛盾した感じ。腰を据えて読み直すとイタリアの環境問題への言及が軸となるシリアスな作品なのに、なぜか気持ちが落ち着いた。

 ジョン・ゴセージ(1946〜)はこれまでに20以上の写真集を制作している。彼自身も写真集の蒐集家で、自ら出版社を立ち上げ作品を世に出している。現在も制作を続けており、2019年から継続して出版中の新作も、自身でブックデザインを手がけるなど写真集への拘りは強い。本作のデザインもまたゴセージが担当している。

 1983年、ゴセージはイタリアのグループ展に参加。1998年には再び同展のキュレーターから招待を受け、ヴェネツィア近郊のマルゲーラという港湾都市を訪れ、約2週間の撮影に取り組んだ。都市の産業の変容を調査するプロジェクトの一環であり、それは癌で逝去した同展の研究員であり友人のパオロ・コンスタンティーニが最後に企画したものでもあった。ゴセージは後書きで死の原因が環境汚染にもあったことを仄めかしている。

 写真集は八つの章立てになっており、最初は草木の中から見た川向いの工場、次に港の細部、労働争議の一幕、稼働しているものを含め「Vocational Ruins」と名付けられた工場の周辺、羊の群れ、解体予定のラボの部品の物撮り、雨の中の造船所、作業場から離れた野原を最後に、笑顔のパオロ・コンスタンティーニを写して終わる(巻頭には「Paolo`s Smile」と書きこまれた小さな紙片が挟まれている)。

 ラボの物品の物撮りは小さく盛られた黒土から始まる。画面の大半を覆う白いロールペーパーの中央で、土は何の説明もなくそこにある。その後、使い古しのノートやピンナップ、ビーカーなどが並べられる中、もう一度土が登場する。今度はその砂礫の細部がある程度見えるまで寄っている。砂礫の背景にわずかに窺える暗いラボと黒土の山は、そこに何かがあることを仄めかす。最後のシークエンスには素手に触れないよう手袋をし、土を握った腕が差し出され、次ページで再び画面手前に黒土の山が盛られる。

ジョン・ゴセージ『THE ROMANCE INDUSTRY Venezia / Marghera 1998』(P118)
ジョン・ゴセージ『THE ROMANCE INDUSTRY Venezia / Marghera 1998』(P119)

 タイトルが示す通り、産業に対する批判的な視線と美的な対象としてその痕跡を追う視線は常に同居している。土壌汚染を仄めかす紙上の黒土と覆いきれない背景は、そのために不穏な美しさを湛えている。荒廃した産業都市への関心を誤魔化さない写真家は、それが友人の死の遠因であり、彼の故郷の一部でもあることを自覚している。おそらくはある種感傷的な姿勢が批判の対象になりうることも。そのうえで写真は何も明言せず、何も単純化していない。だからこそ読み手は環境問題によって何かを抑圧することもなく、ただ静かに写真そのものに向き合えるのだろう。

写真集レビュー♯5
不穏に落ち着く
ジョン・ゴセージ『THE ROMANCE INDUSTRY Venezia / Marghera 1998』
文・写真 岡崎宗志

ジョン・ゴセージ『THE ROMANCE INDUSTRY Venezia / Marghera 1998』(Nazraeli Press、2002年)


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