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他者のまなざし 幽玄一人旅団 清水大輔『異世界に一番近い場所 ーファンタジー系ゲーム・アニメ・ラノベのような現実の景色ー』 

文・写真 大和田伸

 本写真集(タイトル:「異世界に一番近い場所」)は、写真家・清水大輔が世界中を旅しながらゲームの舞台となるような場所を探して撮影した5つの”imaginary place”(「古代遺跡」、「地下神殿」、「迷宮」、「夜市」、「古都の白日夢」、「英吉利幻想」)の景観写真から構成されている。そして、「ファンタジー系ゲーム・アニメ・ラノベのような現実の景色」というサブタイトルが添えられている。

 清水は、自身がネットゲームに没入したことで、ゲームの舞台にふさわしい現実の場所を選択したと述べている。清水の詳細な経歴は明らかではないが、Z世代(97~2010年代前半生まれ)やα世代(2010年より後の生まれ)の「ネオ・デジタルネーティブ」世代(高木:文献①)であると思われる。

 ビジネスコンサルタントの高木翔平は「ネオ・デジタルネーティブの目の前にはアナログ・リアルの世界が広がり、画面越しにはデジタル・バーチャルの世界が広がっている。この2つの世界を通して彼らは社会とつながっている。アナログとデジタルの境界は非常に曖昧で、日常において両者は不可分なものである。」と述べ、彼らの世代の行動様式が「『体験』に着眼しているため、それを創り出すものがデジタルであろうがアナログであろうがより良いものを選ぶだけ」と特徴づけている。写真家・清水が、現実の景色を通して味わいたい異世界の場所(“imaginary place”というデジタル的な景観)への探検(すなわちアナログ的行動)として、世界各地を旅する行動はまさに「ネオ・デジタルネーティブ」世代の特徴にあてはまるといえる。そして、清水が発信したtwitter上の写真集の新刊発売告知には1.3万件のリツイート・3万件のいいねの反響があったという(文献②)。

 本写真集のモチーフとなっている現実の場所は、北欧、東ヨーロッパ、アラブ・東南アジア圏にある。“古代遺跡”はカンボジア・アンコール遺跡である。青空の下、緑に埋め尽くされながらも崩れながらも9世紀のクメール王朝の栄華の面影を保っている石造建築群や、巨大樹に取り込まれて一体となったヒンドゥー教の神々や女神のレリーフなどを撮影している。

幽玄一人旅団 清水大輔『異世界に一番近い場所 ーファンタジー系ゲーム・アニメ・ラノベのような現実の景色ー』より

“地下宮殿”はエジプトに求めている。光が閉じ込められ照明光に鈍く照らし出されるエジプト神殿の浮彫装飾や、ステンドグラスやシャンデリアからの光筋を強調したモスク内部、バザールに溢れる金色のメタルシェードランプを被写体として、闇の中の煌びやかな荘厳さを探している。

幽玄一人旅団 清水大輔『異世界に一番近い場所 ーファンタジー系ゲーム・アニメ・ラノベのような現実の景色ー』より

“迷宮”は紀元前のインドの石窟寺院に求めている。宗教的彫像が幾重にも深く層を成して生み出していく闇に着目する。“夜市”は現代の中国麗江や台湾九份の密集した木造建築にある。華やかな照明に照り返しが生み出す石畳や水路の立体的な空間に興味をよせる。“古都の白日夢”は、チェコの教会や納骨堂にあり、溢れんばかりの骸骨による魔法の空間を、そして、“英吉利幻想”ではスコットランドの大聖堂に求め賛美歌に満ちた空間の撮影に取り組んでいる。

幽玄一人旅団 清水大輔『異世界に一番近い場所 ーファンタジー系ゲーム・アニメ・ラノベのような現実の景色ー』より

 清水は、ゲームの世界という空間認識がまず存在することを前提として、この認識が当てはまる場所を探しだして撮影を行っている。そして、探し求めた場所を取り巻く言語的、民族的な興味は切り捨てられ、歴史的変遷という視点からも切り離された情報劣化のないデジタルデータとして取り出している。ほぼ全て写真のカメラアングルやポジションが、ゲーム操作の時にモニターに広がる映像と類似したものとなっているため、写真集のページをめくる行為は、まさしくゲームの世界の中を探索しているような感覚を呼び起こさせるものとなっている。

 SF・文芸評論家の藤田直哉は、「ゲームというエンターテインメントで表現される思想は、それが大衆の支持を前提とする商品であるだけに、大衆の願望が投影されている側面と、大衆をそのように啓蒙しなければならないという作り手たちの使命感の反映という側面の両方を持っている(文献③、P.120)」、という。清水の視点は、ゲームの作り手がデジタル的に構築した視覚的造形物とその組み合わせを、“ゲーマー”としての清水が脳で疑似的に体験することで生み出されたものである。つまり、清水の撮影行為は、ゲームの作り手が生み出してきたゲームの世界にふさわしいと思える場所の具象化に徹しているところに特徴がある。写真家が伝統的にとってきた、“空間を支配的に解釈する唯一の主体”という立場を放棄して、“他者のまなざしの下に“、秩序を与える行為といえるのではないだろうか。

参考文献:
文献① デジタルメディア「日経ビジネス」
高木翔平「ネオ・デジタルネーティブ世代の価値観変容 “体験”を軸とした融和」(2023.1.23)
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00481/011800008/ (閲覧日:2023/2/19)
文献② PR TIMES(プレスリリース・ニュースリリース配信サービス)
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000526.000012505.html  (閲覧日:2023/3/21)
文献③ 藤田直哉「ゲームが教える世界の論点」(集英社新書、2023年)

写真集レビュー♯6
他者のまなざし
幽玄一人旅団 清水大輔 『異世界に一番近い場所
ーファンタジー系ゲーム・アニメ・ラノベのような現実の景色ー』
文・写真 大和田伸

幽玄一人旅団  清水大輔『異世界に一番近い場所ーファンタジー系ゲーム・アニメ・ラノベのような現実の景色ー』(パイインターナショナル、2019年)

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