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なぜ辻村深月は、デビュー作で「辻村深月」を登場させたのか。

2022年に入ってから、辻村深月さんの作品を読みまくってます。きっかけは2018年の本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』。他の作品も読んでみたいと思い、ネットで検索すると、「この順番で読めば、より楽しめる!”辻村ワールドすごろく”」を発見。とりあえず1コマ目の『スロウハイツの神様』を読むと、その後はすごろくをゴールさせたい(講談社の策略通りだろう)と、勧められた通りに次々と作品を読み進めていきました。

そして、そのすごろくの8コマ目で辿り着いたのが、辻村深月さんのデビュー作であり、2004年のメフィスト賞(って知らんけど)を受賞した『冷たい校舎の時は止まる』です。

他の作品と同様、人間の心の"病み”に向き合い、生きることの奥深さを感じられる素晴らしい作品でした。が、読後、モヤモヤが残ったのが、

なぜ辻村さんは、登場人物の一人を「辻村深月」にしたのだろう。

その時点ではそのモヤモヤを放置したのですが、1週間後、何気なく上巻の冒頭を読み返すと、自分なりの答えを見つけました。なかなかに大きな感動がありました。で、「これは書き記しておかねば!」と、今noteしている次第です(1ヶ月ほど放置してしまいましたが・・・)。

私が考えついた理由は主に以下の3つです。(※ネタバレは直接的にはないはず。)

1.尊敬する綾辻行人と同じ手法を使いたかった

「辻村深月」はペンネームで、「辻」の字は、尊敬するミステリー作家・綾辻行人さんから取ったと言われています。

で、綾辻さんも、主人公に作者の名前をつける手法を用いたことがあるので、辻村さんはそれをオマージュしたのだと考えられます。
ちなみに主人公に作者の名前をつけるのは、往年のミステリー作家の作品によく見られる手法らしいです。

2.自分の名前を覚えてもらうため

デビュー作ですから、まだ知名度が低い状態。作中で何度も出てくれば、名前を覚えてもらえるだろうという意図はあったでしょう。

3.独白&手紙の体(てい)にすることで、より本作に込めるメッセージ性を強めたかった

ここからが本題です。キーは上巻の冒頭です。

"冷たい校舎の中で、彼らと一緒に過ごしたこと。
今また、あなたが新たにページを開き、雪降る通学路を歩き出そうとしていること。それを思う時、前が向けます。

これは私の名刺代わりの話になりました。
初めまして、辻村深月です。"

改めて読み返した時、これを言っている(書いている)のは、作家の辻村深月であるとともに、作中の「辻村深月」でもあるのではないかと考えました。
次に、「あなた」って誰だろうと疑問を持ち、榊じゃないかと考えつきました。(”これは〜”以降が矛盾しますが、そこからは作家オンリーという解
釈で・・・)
そして、この作品には作家・辻村深月さんからの強いメッセージが込められていることに気づきました。

※以降、作家の辻村深月さんは「辻村さん」、作中の辻村深月は「深月」と記します。

この作品において、深月や仲間たちがそれぞれ葛藤や後ろめたさを抱えながらも、お互いの存在に支えられ、克服し、どうにか前に進もうとします。また、担任である榊も苦しんでいたことが明らかになりますが、その事実も深月を苦しめる新たな棘となります。
(それらが"冷たい校舎”を舞台に描かれています)

つまり、冒頭の
・1文目"冷たい校舎の中で、彼らと一緒に過ごしたこと”=強い自己嫌悪に陥ったけれど、仲間のおかげで乗り越えられたことを思うと、勇気が湧いてきて、”前を向ける”。

・2文目"今また、あなたが新たにページを開き、雪降る通学路を歩き出そうとしていること"=榊が今回の出来事の苦しさに囚われることなく、小学校で再スタートを切ろうとしていることを思うと、深月の後ろめたさが和らぎ、”前を向ける”。

と解釈できるのではないでしょうか。

さらに言えば、”あなた”は、読者であるとも考えられます。

本作において、過去の出来事に囚われ、「違う行動を選ぶべきだったのではないか、何かできることがあったのではないか」という自己嫌悪に追い詰められ、動けなくなる心理が表現されています。例えばホストの「オモイダシタ?」というセリフがありますが、忘れようとしても嫌なことを思い出してしまう、逆に忘れてしまいそうになる自分への罪悪感を覚えるという経験をした人は少なくないはずです。ホラーなんですが、実際、そのくらいの恐怖に人は襲われることがあるという隠喩ですよね。

そうした読者に対して、あなただけではないよ、苦しいよねと共感を示しつつ、どうにか前を向きましょう、罪悪感はあると思うけどさ、と応援する作品なんだと思います。もっと大胆に言えば、図太く、たくましく生きるべし、と。
また、そうした罪悪感に苦しむ人(生徒や子ども)を周りで支える読者(教師や大人)に対しても、きっと困難を乗り越えてくれると信じてくださいというメッセージを込めたのではないでしょうか。

ーーー
基本的に僕は、小説は深読みせず、大雑把にストーリーをつかみながら速読するタイプなので、こうして作者のメッセージを感じることはなかなか新鮮な体験でした。

年末に『かがみの孤城』がアニメ映画化されますね。辻村さん自身が語っていますが、『かがみの孤城』は、『冷たい校舎〜』のアンサー的な意味合いがある作品なので、映画を観に行く前にもう一度読み直したいなと思っています。

(後日読み返して、もっと伝わるように修正するかも・・・と思いつつ、とりあえず公開します)

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