こころの鍵
こころの鍵があったの。
わたしのこころの鍵。
こころの鍵は、使われることなく、お財布の奥底に仕舞われてた。
あの人に会った瞬間、わたしのこころの鍵は財布から出てきて、こころが開いてしまった。
その人に、簡単に鍵を渡してしまったの。その時、青い蝶が鍵を持っていった気がしたの。
高校の入学式だった。その人に会ったのは。4月だというのに、寒い日だった。
「ゆきこ!」
わたしを呼び捨てにして、快活に笑うその人にこころを奪われた。
すきになってしまった。
その時、青い蝶が目の前を通った気がした。その蝶には、鍵がついていた気がした。あまりに非現実的だったので、見間違いだと思ってすぐ忘れてしまった。
背が高くて、あまり小さいことを気にしない人だった。
背の低いわたしの頭をよく撫でてくれた。
バスケ部で、バスケをしている姿はかっこよかった。
よく話してくれた。わたしが1番だと思ってた。
でも、それは間違いだった。
背の高くてスレンダーなバスケ部のマネージャーと付き合っていた。
2人が一緒にいるのを見ると胸が張り裂けそうだった。お似合いだった。わたしが入り込むスペースなんてなかった。
泣いて泣いて目が真っ赤に腫れた。
わたしは女子で1番の友達。
彼女じゃない。特別じゃない。
告白は出来なかった。話しかけてもらえなくなるのが怖かった。友達だったら、側にいられるから。
でも、辛い。苦しい。この気持ちはなんであるの?
恋なんてしなければ良かった。
「あれ? 香川?」
告白しようとしたけれど、いつもと違いすぎた。私を名字で呼んだこの人は誰?
いつも私をゆきこと呼んだ人はどこにいるの?
不思議な既視感に苛まれ続けても、私が好きになった人に会うことはなかった。
辛い恋心を抱えながら、高校卒業になった。
それなのに、わたしのこころの鍵はあの人のところにずっとある。たぶん、本人は持ってるって気づいてない。
使われないのは、辛くて悲しい。
だから、返してほしい。わたしのこころの鍵。
貴方がわたしの鍵を持っているかは知らないけれど返すから、私の鍵も返してほしい。
他の人に渡すから。
使わないならいらないでしょ?
貴方の心の鍵を返すから、わたしのこころの鍵も返してほしい。
わたしは貴方の鍵を持っているなんて勘違いだったかもしれない。わたしの鍵は渡してあるのに、貴方の鍵は別の人のところだったね。
これが片思いの果て。
長年の片思いはわたしのこころを蝕んだ。
思えば、私の好きなあの人がいたのは、いつも寒い日だった。寒い時の記憶しかない。
この記憶を早く捨ててしまいたい。でも、忘れることなんてできない。だから、苦しい。
わたしはこころの鍵を持っていない。
街中を歩いている時、彼が目の前に現れた。3月だというのに、今日も一段と寒い。
ゆ・き・こ さ・よ・な・ら
と口が動いていた。
彼は透けていき、真っ黒な蝶になった。三年前の入学式にみた真っ青な蝶に似ていた。黒く染まった?
そのまま空へ飛んで行った。
びっくりして、スマホを落としてしまった。
「あの、これ、落としましたよ?」
鍵を渡された気がした。だけど、差し出されたのはスマホだった。
新しい恋の予感がした。
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