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silver story # 54

横にいるプレッシャーを振り払うために私は顔をブルブルと振って両手で頬をパンパンと二回叩いた。力士の取り組み前のように気合いを入れてみた。

二人の待っている電話の方にゆっくりと進んで行って二人の顔を見渡し三人で揃えたように、大きく頷いた。

電話を挟んで両隣にお母様とユキさんは立っていて、大袈裟かもしれないが、今まさに運命が大きく変わろうとする時を静かに待っているのだ。

足元にいる小さくなってまだくっついているプレッシャーを感じながら私は、受話器を取った。
光一さんの番号は、メモリーされた携帯電話に頼らず何度もかけているので空で覚えていて指がスラスラと押していた。
こんなに緊張感のある電話は、今までもかけたことがなく、多分これからも二度とないと思いながら受話器のコール音に耳を傾けていた。

トルルルル。トルルルル。トルルルル。トルルルル。トルルルル。

なり続ける呼び出し音に、「早く出て欲しい」という気持ちと「今はまだ出ないでください」という戸惑いの気持ちが代わる代わる出てきて花占いのように、心の中でつぶやいていた。

「出る。出ない。出る。出ない。出る。出ない。…でたぁ!」

「はい。どなたですか?こちら、ギャラリー SOLEILです。」

懐かしい大好きな声を耳の奥に響かせようと目を閉じて黙っていると受話器の向こうも少しだけ沈黙になっていた。

「もしかして、沙耶か?沙耶なのか?キミなのか?」

「う…ん。光一さん。ごめんなさい。心配かけました。私、元気よ。あのね、光一さんに大事な話があるの…今ね私がお世話になっている…」

「沙耶!良かった。無事でいたんだね。心配したよ。大使館からキミが行方不明になってしまったなんて連絡が来たから、携帯も繋がらないから、本当に沙耶なのか?ああ、良かった。ホントに良かった!あ、沙耶、彼に渡したから、キミから預かったモノを彼に…」

「光一さん!ちょと聞いてあまり長く話せないみたい。あのね。今私、光一さんの昔の知り合いの所にいるの。本当に偶然なんだけど、光一さんがよく知っている人よ。分かる?バリのこの土地の人。光一さんが大好きだった人よ。分かる?」

次にまた光一さんが喋り出さないように矢継ぎ早に話していた。

受話器の向こうは、すぐに沈黙になった。
次に出てくる言葉を待っていると横にいるお母様が、受話器を私から取って語り出した。

「光一?光一ですか?分かりますか?私 分かりますか?アリーシャです。光一、生きていたのですね。……。う、う、うっ。」

お母様は、受話器の向こうの日本にいる光一さんに、触れたかったのだろう。愛して愛して愛しぬいた人が受話器の向こうにいるのだから。

はじめは、話すのはユキさんとなっていたけど、やはりお母様がたまらなくなったのだろう。
そばにいるユキさんは、私と顔を見合わせて頷きながら笑っていた。

光一さんとお母様は、何十年もの時間を飛び越えて電話の向こうとこちらで繋がり出したのだ。お母様の嬉しそうな顔を見ていて二人でホッとしながら笑顔で見守っていた。

二人の会話は、こちらの言葉で私にはよくわからなかったが、聞いていたユキさんの表情で、しあわせが溢れ出しているのが伝わってきたので、大役を果たした安堵感と、二人のいや、三人の人生を大きく変えてしまったことにどう向き合えばいいか分からなくなる私がいる事に、めちゃくちゃ戸惑いはじめてきた。

わけのわからない涙がジワジワ滲み出し、それを見たユキさんが驚いて私の背中をさすりながら、

「サヤ、サヤ、ダイジョウブ?サヤ、サヤ、アリガトウゴザイマス。」

「は、はい。大丈夫ですよ。嬉しくて。なんだか涙が止まりません。」

「アリガトウ。アリガトウ。ママ、ヨロコンデイマス。ママ、シアワセデス。」

そう言いながらユキさんも大粒の涙を流していた。

#小説 #バリの話 #カメラマンの話

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