silver story #32

#32
相変わらずユキさんは時計を何度も見てその時が来るのを待っていた。
私は、今夜に備えてカメラを丁寧にメンテナンスすることにした。この中にバリの大切な瞬間が納まると思うとこのカメラにも気持ちを込めないとと思った。

さっき写したお母様をもう一度見直して思った。
光一さんが切り取ったあの夜の星空の写真、何十年もの時を超えてお母様を一瞬にしてあの夜に戻した星空の写真。
私が撮ったこのお母様の笑顔の写真も、いつかそんな力を持つのかなと。
この写真を見て、光一さんもバリで過ごした時に戻ってくれるのだろうかと。

今夜起こる全ての時間を瞬間を逃さずこのカメラに収めようと心に決めながらレンズを磨く手に力が入っていった。

ふと外を見ると遠くの空から、グラデーションを描きながら祀りの夜が始まってきていた。
濃い青から、だんだんと紫色になっていく空は、一本の帯の模様のようで今夜の祀りには、相応しい様をなしていた。

「いよいよかあ。」
私はたまらずつぶやいていた。

「いよいよですよ。」
お母様も同調して言ってくれた。

時計を見続けているユキさんだけが狛ねずみのようにうろちょろしているのがおかしかった。
時間というものは、その人の心境で長く感じたり早く感じたりする。ユキさんにとって今は、とても長く感じているんだろう。
お母様の入れてくれたテ・パナスをお代わりしてゆったり飲む私も実は内心ドキドキしていた。

カメラの準備を整えてお母様の合図を待っていた。
どんなことが起こるのか、どんなことが見えるのか。

バリに導かれて来た意味をしっかり受け止める覚悟を持つのに十分な時間だった。

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