silver story#30

#30
静かだった。
都会の雑踏の中で、ふとはまる時のはざまを思い出した。
自分の周りに透明のバリアができるみたいに何も聞こえない、周りの動きだけが見えるそんな瞬間が幾度かある。

あの人を見つけたのもそんな感じの瞬間だった。夕方の雑踏のなかでオレンジ色の光に包まれた彼を見つけてしまった。
日本に帰ってどうするかこのバリで何かがわかるかもしれない。
そう、今夜の祀りで私にも何かしらの標が現れるかもなんて考えてしまうくらいバリの空気は独特だった。

誰もいないバリの田舎の大自然。銀色の光と風、木々のざわめき、鳥のさえずりそして何よりこのまとわりつく空気。 日本の田舎とは全く違うこの空気は、やはり神々の国と言われるように何ががうごめいているようで昼なのに独りでいるのが怖くなる。

そんなことをボーッとかんがえていたその時
「サヤ。これ持ってきたよ。」

振り返るとお母様が私のカメラを持ってこっちへ向かって来た。

「うわー。ありがとうございます。今ほんとにカメラを持って来れば良かったと思っていたんです。」

「多分、撮りたいだろうと思いました。勝手に持ち出してごめんなさいね。」そう言って私にカメラを渡してくれた。

私はカメラを手に取ると何枚も何枚もシャッターを押してこの景色を切り取った。構図や露出なんか考えずひたすら押した。
そんな細工はいらないくらい心掻き立てる景色だった。

「そうだ。お母様を撮らせ下さい。いつか、日本にいる光一さんに見せたいです。いいですか?」

お母様は、下を向いてしばらく考えていた。
そして、次の瞬間、あげた顔は笑顔だった。素敵な笑顔だった。

バリの棚田や、神聖な山々をバックにお母様の素敵な笑顔をカメラに収めた。

特別な気持ちでシャッターを押していた。いつか必ず光一さんに見せようと強く思った。

なんだかいつも使い慣れたカメラが、とても貴重な金庫のようになった気がして両手でぎゅっと持ち直した。

「ありがとうございました。」
「ありがとう。サヤ。」

二人で並んでバリの光と風をしばらく感じていた。
ほんとに不思議な出会いと時間を二人でゆっくり味わっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?