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センスメイキングでVUCAを乗り越える

◆はじめに

この1年くらいで、もっとも目にすることが増えたのは「心理的安全性」という言葉ですが、同時に、VUCAという言葉を目にすることも増えてきました。では、VUCAの時代に心理的安全性を高めるために必要なマネジメントは何かと考えてみると、出てくる答えが

「センスメイキング」

です。センスメイキングはPMスタイル考で何度か取り上げたことがあります。こちらの記事です。

【PMスタイル考】第143話:ソリューションからセンスメイキングへ(2020/03/23改訂)
https://mat.lekumo.biz/pmstyle/2019/01/post-8d6e.html

【PMスタイル考】第161話:「役に立つ」から「意味がある」へ
https://mat.lekumo.biz/pmstyle/2020/01/post-f031.html

もともとセンスメイキングはイノベーションに必要だという位置づけで議論されることが多いのですが、これらの記事もそういう趣旨で書いています。

この記事では、イノベーションではなく、VUCAな世界におけるセンスメイキングについて考えてみたいと思います。


◆センスメイキングとは

改めてセンスメイキングとは何かを簡単に説明しておきます。

センスメイキングという概念は1970年代に組織心理学者のカール・ワイクによって提唱された概念で、2000年には書籍が出ています。あまり読みやすい本ではないのでお薦めはしませんが、2001年に翻訳が出ています。

カール・E. ワイク(遠田 雄志、西本 直人訳)「センスメーキング イン オーガニゼーションズ」、文眞堂(2001)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4830943807/opc-22/ref=nosim

「センス」という言葉は、「良い判断をすること(coming to senses)」や「理解すること(sense of humour)」といった意味でも使われることが多い言葉ですが、センスメイキングのセンスはまさにこういう意味です。

ワイクとは時代が違いますが、最近センスメイキングといえば必ず登場してくるのが、クリスチャン・マスビアウです。マスビアウは社会的なイノベーションにおいてセンスメイキングがどのような役割を果たすかについてさまざまな知見を与えてくれます。この役割はセンスメイキングにおいては極めて本質的な役割ですが、2017年に出版された本にまとめられています(翻訳は2018年)

クリスチャン・マスビアウ(斎藤栄一郎訳)「センスメイキング」、プレジデント社(2018)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4833423065/opc-22/ref=nosim

また、ハーバードビジネスレビューにマスビアウのインタビュー記事が掲載されています。こちらも参考になると思います。

センスメイキングとは何か
https://www.dhbr.net/articles/-/6031

詳しく知りたい方は、以上のような資料を読んで頂くことにし、ここでは著者の使っているセンスメイキングの簡単な定義を示しておきます。

「センスメイキングとは、組織のメンバーやステークホルダーを納得させ、いま何が起きていて、自分たちが何者で、どこに向かっているかの「意味付け」をし、次の行動に結び付けていくプロセスである」

というものです。

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◆VUCA時代で変わること

ワイク以降、多くの人がイノベーションでは重要な要素だと指摘していますが、VUCA時代においてセンスメイキングは不可欠といってもよいでしょう。センスメイキング次第で、VUCAを乗り越えることができるかどうか決まってきます。まず、ここを押さえておきたいと思います。

VUCA時代には、これまで重視されてきた価値観の中で、3つが大きく変化しています。

一番目は最適化の意味です。これまでは問題解決するに当たって、最適な解は何かを懸命に考えてきました。それが、競争に勝つための方法だからです。

しかし、VUCAの世界では、ビジネスや競争の環境がどんどん変わっていきますので、それぞれの局面で考える最適解が、結果的に問題全体の最適解になっていることはまずありません。よく正解がないと言われますが、これはそういう意味です。

言い換えると、もはや最適解を求める意味がなくなっていると言えます。言い換えると、何が最適かを決めるのは、当事者であり、それがどういう結果をもたらし、その解が良かったかどうかを評価されることになります。

二番目は予測の価値です。これは、最適化の問題にも絡んできますが、起こりそうな未来は変動するわけですから、それを予測することはほとんと価値がないことになります。

三番目は経験の価値です。VUCA以前は経験こそすべてで、似たようなことをするにも経験が役に立つと考えられていました。しかし、VUCAな世界では似たようなことをすることは考えにくく、経験自体は役に立たなくなっています。

いずれも重要な問題ですが、もっとも本質的な変化は、最適化の意味がなくなるということです。


◆問題を作る時代

これをもう少し詳しく分析しておきます。最適化が意味がなくなる背景には、単に正解がないだけでばなく、問題自体が無くなるのがVUCAな世界の特徴です。VUCAの時代には、問題解決より、問題発見の方が重要だと多く人がいいます。

この意味を、目に見える問題はなくなっているか、見えない問題は残っていると理解している人が少なくありません。言い換えると、「望ましい思考や行動規範(以下望ましい規範と呼ぶ)」は依然として決まっていますが、それを妨げているもの、つまり問題が何か分からない。だから問題発見をしなくてはならないと考えるわけです。

しかし、VUCAの時代になくなっているのは「望ましい規範」そのものです。山口周さんは、「ニュータイプの時代」(ダイヤモンド社、2019)という本の中で、ニュータイプの時代は「解決策が過剰で問題が希少な時代」だと指摘されていますが、VUCAの時代は一般的な「望ましい規範」が存在しないため、目に見えない問題すらも転がっていないのです。

このため、VUCA時代には、「望ましい規範」をつくるところから始め、その実現のために解決しなくてはならない問題を探すことが必要になってきます。つまり、問題は探すものではなく、作るものになってきたのがVUCAの時代です。


◆自動車にみるVUCAな世界

例えば、自動車を考えてみてください。

テスラという電気自動車を作るために生まれた会社が成功する中で、環境問題への対応ということで、自動車メーカーは電気自動車にしたい企業と、ハイブリッドでガソリン駆動を残そうとする企業が出てきました。さらに、電気自動車の充電時間の問題を解決するために、水素自動車を提供を始めた企業もあります。一方で、ガソリン車が完全に消えるかというとそうではありません。いわゆるスーパーカーはこれからも残ると思いますし、それ以外でも残るガソリン車もあると思われます。

このような市場の状況になってきた背景には、VUCA化による「望ましい規範」(価値観)の多様化があります。自動車に乗ることに対して、環境にやさしくしようとか、走る楽しみを得たいとか、便利さが欲しいなど、どのような意味付けをしているかによって、どういう車を求めるかが決まってくるのです。

VUCA以前は自動車は歴史的に「望ましい規範」も一様に変化してきました。つまり、顧客が求めるものが、
 乗り心地がよい → 購入費が安い → 維持費が安い → かっこいい
と変化してきました。このあたりまでは比較的目指すところが一様で、メーカーはソリューションを提供できてきていましたが、このあと、VUCAになってくると価値の多様性が増し、そのため自動車への要求も

・性能が高い
・デザインがよい
・環境に易しい
・乗っていて楽しい

など多様化し、ソリューションの提供が出来なくなってきています。そこで、自動車とは何かという意味を示さないと売れなくなってきました。


◆ソリューションからセンスメイキングへ

自動車の例からも分かりますように、これまでビジネスで提供していたのは、「望ましい規範」に基づくソリューションだけだったわけですが、VUCAな今は自分たちが何者で、どこに向かっているかの意味付けが必要になっています。つまり、センスメイキングが必要なのです。

センスメイキングの世界でよく使われているエピソードに以下のようなものがあります。ある雪山で遭難し、死を覚悟した登山隊が、一人の隊員が自分の持ち物から地図を見つけたそうです。そして、地図を見ることによって落ち着きを取り戻し、やるべきことを冷静に判断して、無事下山したといものですが、その地図は別の山のものだったというエピソードです。

このエピソードが興味深いのは、情報というソリューションとしては地図は役にたっていないのですが、ピンチを切り抜ける切り札になっていることです。地図はソリューションだと考えられがちですが、ソリューションではなく、自分たちのすべきことは、落ち着き、冷静に判断することだという意味づけに使われていることです。


◆センスメイキングに必要なのは正確性ではなく、納得させるストーリー

最適化ができる時代には、意思決定には正確さが求められました。しかし、最適化ができなくなると正解はなくなり、正確さは意味がなくなります。その代わりに重要になるのが、納得性です。つまり、ステークホルダーを納得させることです。登山隊の例でいえば、助かったのは地図を使えば助かるということを登山隊全体に納得させることだったと思われます。

このような納得性がセンスメイキングのポイントで、センスメイキングをうまく行うには周囲を納得させるようなストーリーを語ることが重要です。少し脱線しますが、プロジェクトXというテレビ番組がありますが、プロジェクトXで取り上げられているイノベーションには常に素晴らしいストーリーがあることに感動します。

このように考えると、VUCAを乗り越えるセンスメインキングにおいても、ストーリーが重要です。ストーリーは物語かもしれませんし、シナリオかも知れません。ビジョンやパーパス(目的)、戦略かもしれませんが、いずれにしても目の前のVUCAさを超越して、前に進んでいくストーリーが必要なのです。

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