舞阪灯台

画像1 いわゆる“大垣夜行”を降りて、日の出前の住宅街をトボトボ歩いて行った記憶…夜明けを待っての撮影だった。夜行バスだろうか、国道1号バイパスを走って来たのを捉えた。
画像2 防風林から顔を出す灯台。設置は昭和39年。この頃になると新設の“沿岸灯台”は無人運用になってきた。が…
画像3 静岡県の沼津以西の沿岸灯台は、他は清水・御前埼・掛塚で、いずれも明治の設置。それぞれ比較的街中かその付近と言える場所だったので、戦後もそのまま“航路標識事務所”になり有人状態が継続。その中、天竜川河口の砂嘴に在った掛塚が新設の舞阪に事務所を移している。その舞阪の事務所も昭和63年に清水の事務所に統合された。
画像4 灯台の前は砂丘…風紋を捉える。…その清水の事務所も、平成6〜7年頃に灯台無人化とされているので、灯台官舎から清水港近くの合同庁舎に移った模様。その後御前埼と併合し「静岡航路標識事務所」、更に組織改編で清水海上保安部・航行援助センターに、現在は同・交通課となっている。

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