【#恋の思い出企画】〜彼女の笑顔を追いかけた3年間の話(前編)〜
この企画をされた、みおいちさんに感謝します☺️
この機会に、高校時代を振り返ってみようと思います。
僕の高校時代…
当時、流行っていたのはポケベル。
※僕は持っていませんでしたが😅
休憩時間になると、公衆電話の前に女子生徒の列が…
10円でメッセージを送るため、皆さんものすごいスピードでボタンを連打されてました😲
もう1つの流行がルーズソックス🧦
クラスの中心人物からおとなしい子まで、見渡す限りルーズソックスでした😲😲
携帯電話もスマホもなかった高校時代。
学校を出ると友人とのやり取りができなくなるので、放課後や部活の後でも、残って他愛のない話をしてました。
そんな頃の恋の思い出話です。
同じ世代の方々に共感してもらえる部分があればうれしいですし、
20代の方々に読んでもらうことがあれば、
昔話を聞くのと同じように、「へぇ〜」って
思ってもらえればうれしいです。
恋の思い出話なので、興味のない方はここで閉じることをオススメします。
年をとってきたせいか、思い出を語ると妙に長くなります🤣
しかも、タイトルにある通り、前編ですので🤣🤣
もしお時間のある方は、しばしお付き合いください😊
1994年4月、僕は高校に入学しました。
男女共学の普通科の公立高校です。
同じクラスのYさんを意識してから、好きになったのは1学期の終わりくらいだったと思います。
Yさんの第一印象は、「よく笑う子」。
授業で積極的に発言することはなく、友人グループの中でも特別に目立っていたわけでもなく。
ニコニコしながら、他の人の話を聞いているような子でした。
当時、僕は野球部に所属。
Yさんは、友人たちとテニス部のマネージャー。
部活が終わり、教室にカバンを取りに戻ったとき、Yさんたち数人も教室に残っていて、
僕たち野球部員としばらく話をして帰るのが日課でした。
僕がYさんを好きになったのは、一目惚れではありません。
僕の話をニコニコしながら聞いてもらってるうちに…
だんだん意識するようになっていきました。
そこからは妄想と勘違いの世界🧚
朝、あいさつした。
休憩時間に目が合った。
今日も部活帰りに話をした。
「きっとYさんも僕のことが好きに違いない!」
と思うようになりましたね😙
けど、自信があったわけではないので、
告白しよう!
なんて思ってもいませんでした。
「フラレて話ができなくなるよりは、このままの関係が良い」
って思ってましたから…🙄
そんな僕の小さな幸せは、長くは続きませんでした。
2学期が始まって間もない頃、野球部の1年生の中で、
『好きな子に告白しようぜ!』
という大変迷惑なブームがやってきまして🌪️
10数人いた部員が、毎週1人ずつ順番に、好きな子に告白していきました。
僕は5〜6番目だったと記憶していますが…
僕まで成功率ゼロ%でした💀
※弱小野球部は、野球以外でも弱い😭
当時の告白の方法は…
『友人にどこかに呼び出してもらう』
しか考えられませんでした。
今ならLINEで、
『明日話があるから、○時に△△で待ってて』
って伝えるのでしょうか?🤔
とても気が進みませんでしたが、待ち合わせ場所に来てくれたYさんに
「Yさんのことが好きなので、付き合ってください」
と短く、告白…。
これ以外に言葉が思いつきませんでした😅
それに対して、Yさんの返事は
「明日、返事してもいい…?」
という予想外のものでした😲
てっきりその場で返事がもらえるものかと…
「いや、今お願いします」
なんて言えるはずもなく、
「う、うん。じゃ、また明日」
と別れまして…
その晩の記憶はありません…😑
落ち着かなかったのは翌日。
いつ返事が来るかわからないので、授業なんて頭に入るわけがありません🤯
授業が終わり、部活に行く前に
Yさんの友人から
「Yちゃんが○○に来てほしいってさ!」
とニヤッと笑いながら伝えてくれました。
その笑いは、どういう意味だ…!?
もうどうにでもなれ、という気持ちで待ち合わせ場所に。
先に来ていたYさんと向かい合い、言われたのは…
「昨日の返事…。いいよ」
僕が何を言ったのかまったく覚えてません😅
北島康介さん流に言えば、
「何も言えねぇ」
ですね。
たぶん「そうなんだ」とか、まったく気の利かないことを言ったのではないかと思います。
「うれしい」というよりは、「信じられない」の気持ちが強かったですからね😵
でも、その時Yさんが少し恥ずかしそうに笑っていたことは覚えてます☺️
野球部の同級生は、連敗ストッパーとなった僕を英雄扱いしてくれました🙌
ちなみに、その後の部員も全敗…
※弱小野球部は、野球以外でも弱い😭
ただね…
その時になって思ったんですよ。
勢いで「付き合ってください」とは言ったものの、
「具体的に何をすれば? 友達とは違うんだよなー」と…
今ならスマホで「高校生 交際」とか「初デート」とか検索できるのにな〜と思います😅
僕がそんなことを考えていたのが伝わったのか…
これまで自然に教室で話せていたのに、何か不自然になってしまって…😓
そんな状況を救ってくれたのは、Yさんの友人たちでした。
僕が部活を終えて、教室を出るときに
「2人で一緒に帰ったら〜?」と😙
その貴重なご提案を、よろこんで受け入れて…
薄暗い夕方、お互い自転車を漕いでいきました。
ただ、お互いの家は正反対の方角なので…。
しばらく進んで、大きな道路沿いにあるベンチで座って話をしてました☺️
もちろん身体をぴったり寄せ合うわけもなく…
1人分くらいの間隔が空いていたと思います😳
#元祖ソーシャルディスタンス
野球部の練習は土日もあったので、デートらしいデートはほとんどしたことがありません。
記憶に残っているのは、1回だけ。
3学期の終わり、英語の授業で宿題が言い渡されました。
「春休みの間に、外国の映画を観ること。ただし、日本語吹き替えではなく、字幕版で」
映画によって英語に親しむことが目的だそうです。
さっそく、その日の帰りのベンチで。
「映画どうする?」
という話になり…
帰宅後に新聞で映画情報を見ていると、
『フォレスト・ガンプ-一期一会-』
が上映中であることを知り、一緒に観に行くことになりました。
あとは、いつ観に行くか…なんですが。
春休みは学校で会うことはありませんし、野球部の練習はサッカー部や陸上部との兼ね合いで、午前中になるか午後になるかは、前日にならないとわかりませんでした。
映画に行くなら、部活が午前中の日。
「明日、午後から映画に行かない?」
そう伝えるだけなのに、
Yさんの自宅の電話にかけなければならなかったのです😣
良くてお母さんが電話に出ます。
万が一、お父さんが出たら…💀
この緊張感は、今の20代の方々には感じる機会がないんだろうなと思います🤪
『指先で送る君へのメッセージ』は、まだ存在しなかったのですよ☹️
#CHE.R.RY
そんなこんながありながら、2人で観た『フォレスト・ガンプ』
今でもたまに地上波で放送されると、Yさんを思い出します☺️
映画が終わって、どこへ行ったのか記憶はありませんが…
手をつなぐことなく、そのまま隣で歩いていたことは確かです😶
けど、手をつなぐきっかけというか…
タイミングというか…
何も言わずに、彼女の手を握るべきか、
「手をつなごう」と言ってからつなぐべきか、
本気で考えてました。
でも、当時の僕は…
「え?」とか言われたら、もう言えない…
隣で歩くだけで十分だから、それ以上は求めなくても…
という小心者街道一直線でした😔
本心は、ものすごく手をつないで歩くことに憧れていたんですけどね…😢
そして、高校2年の4月。
クラス替えで別々のクラスになりましたが、部活が終わると一緒に帰り、ベンチで話をする日々は変わりませんでした。
このままずっと変わらない…。
当時の僕は、そう思ってました。
Yさんもそう思ってるはず…
勝手に思ってました。
5月。
僕にとっては、あまりにも突然にやってきました。
いつもの帰り道。
ベンチで座って話しても、何か雰囲気が違う。
帰り際、
いつもの笑顔とちょっと違う…
困っているのを隠すような笑顔で、
「友達として好きでもいい?」
別れ話だ…
それは理解できました。
何の言葉を返したのかは覚えていませんが、
理由を問いただしたりはしませんでした。
正確には、できませんでした。
「別れる」という衝撃が大きすぎて…
「うん、わかった」
くらいしか言えなかったような気がします。
幸せだったと 最後に言わせて
せめてさよならは 飾ってみたい
あなたの愛をもっと ぬくもりをもっと あふれるほどに
あなたの愛をもっと ぬくもりをもっと 感じていたかった
CHAGE&ASKA『男と女』
後編に続く…はず