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【ニュースレター  第2号】エネルギー効率化、気候資金の行方、水素基本戦略の改定、CCSと浮体式洋上風力の本格化

エネルギーと気候関連の出来事が目まぐるしく続く日本と世界。パワージャパン・ニュースレターはその情勢を見渡し、最も重要なニュースを見極め、広い文脈を視野に入れながらわかりやすく解説していく。

第2号となるニュースレターでは6月上旬のニュースをピックアップする。読んでくれてありがとう。

では早速ニュースをお届けしよう。

国際舞台では…

世界の温室効果ガスが「前例のない」レベルに達する

Pete Markham (flickr)

いきなり残念なお知らせで恐縮だが、エネルギー移行の本当の理由を念頭に置いておく必要がある。その目標とは、人為的な地球温暖化を制限すること。Earth System Science Data誌に掲載された研究によると、2013年から2022年の間、人為的な温暖化が「前例の無い速度」で増加している。2020年に多くの国でコロナウイルスの影響で経済活動が衰え、温室効果ガス(GHG)の排出量が急減したにも関わらずだ。

  • 縮むカーボンバジェット:人類がより多くのGHGを排出しているということは、カーボンバジェットを使い果たしつつあることを意味する。カーボンバジェットとは、地球温暖化による気温上昇をある一定まで抑えようとする場合に想定されるGHGの累積排出量(過去の排出量+将来の排出量)の上限値のことをいう。上記の研究によると、現時点で約2500億トンのCO2しか排出できなくなった。つまり、世界がさらに2500億トンのCO2を排出すれば、1.5℃の温暖化を超えてしまう。ちなみに2021年度の日本国内のGHG排出量は11億2,200万トンだった。

  • 転換期の10年間は今この研究の主著者によると、「今が気候変動にとって重要な10年だ。今行われる決定は、気温の上昇の程度や影響の度合いを左右する」

  • GHGは増加しているが、増加のスピードは落ちている:幸いなことに、GHG排出は一方的に増加しているものの、増加の速度は減ってきている証拠も。この重要な10年間の社会的な選択肢次第で、気候変動の方向転換が見られるかもしれない。

社会的な選択はゆっくりではあるが確実に起こっている。ここ2週間で起きたいくつかの選択を見てみよう。

45カ国の政府がエネルギー効率を2倍に増やすことに賛同…

IEA『エネルギー効率:行動の十年

6月6日から9日にかけ、国際エネルギー機関(IEA)はフランスのヴェルサイユで第8回エネルギー効率グローバル会議🌏を開催した。会議には32の大臣、50以上のCEOおよび90カ国(日本を含む)からの高位指揮者が集まり、現在のエネルギー危機と気候危機に対処するため、エネルギー効率の取り組みをどう加速させるかについて議論した。

エネルギー効率化は普段あまり注目を浴びない問題だが、気候変動対策としては大変重要なツールだ。全体のエネルギー消費量を減らすことで、化石燃料の需要とGHG排出量を削減できる。👷🏽‍♀️👨🏽‍🏭雇用の創出(2030年までに1200万人の雇用)や、世界中の近代的なエネルギーへの普遍的アクセスの推進、💰エネルギーコストの削減、🏭大気汚染の低減、化石燃料の輸入に対する国のエネルギー安全保障の強化など、効率化には他いくつもの社会的利益がある。IEAの事務局長ファティ・ビロル氏は「エネルギー効率の重要性をこれ以上強調するのは難しい。エネルギー安全保障の強化と地球温暖化を1.5℃に制限する目標を達成するために、エネルギー効率は大変重要だ」と述べている。

IEAはまた、この会議の冒頭で📖『エネルギー効率:行動の十年』という報告書を発表。この報告書は、今後のエネルギー効率化の取り組みの重要性を強調しており、需要や政策に関連する近年のトレンドを調査し、いくつかの世界的な成果を示している:

  • エネルギー効率政策は世界的に強化され、各国の政府はエネルギー消費者を支援し、エネルギー需要の削減を促すための啓発キャンペーンを立ち上げ、消費者をエネルギー料金の高騰から守るために127兆円(9000億ドル)以上を費やした。

  • 効率化技術の販売は2022年以降急増しており、ヒートポンプや電気自動車(EV)などが含まれる。また、効率向上への投資も2023年には過去最高水準に達する予定だそうだ。

  • これらのトレンドのおかげで、世界のエネルギー需要の増加は1%に抑えられた。効率政策や技術が実装されなければ、この数値は約3倍になっていたと想定される。

この進展に基づいて、IEAはエネルギー効率の改善・実施・投資を促すために次の手順を提案している。

  • 効率改善の倍増:現在の2.2%から2030年まで年間4%超に上げることにより、IEAのネットゼロ・シナリオに合致し、2030年までに世界のエネルギー需要を190EJ(エクサジュール)、燃料燃焼によるCO 2排出量を約11ギガトン削減できる。

  • 政府による既存政策の迅速な実施:実施が実現すれば、2030年までにこの倍増目標の3分の4を達成できる。つまり、新しい政策なしで倍増目標の大半は達成できるということだ。

  • エネルギー効率関連の投資を3倍増加:現在の85.8兆円(6000億ドル)の投資を2030年までに年間258兆円(1.8兆ドル)まで、約3倍に増やす必要がある。これにより、進展の速度が倍増する目標を達成できる。

  • また、報告書は去年策定された Sønderborg行動計画も更新された。この行動計画は、効果的な政策措置の設計、政策決定のサポート、政策行動の実施において政府を指導するための実践的な手法を提供している。

…だが先進国の気候資金は妙なところに行き渡っていた

Marcelo Perez del Carpio

2009年と2015年に、先進国は開発途上国の気候変動対策を支援するため、年間1000億ドルを出費することで合意した。しかし、この目標は未達成のままどころか、先進国が支出した金額の相当な部分が気候変動とは全く無関係なプロジェクトに流れていることが分かった。

ロイターとビッグ・ローカル・ニュースの記者たちは、各国の政府が国連に提出した数千の記録を調査し、先進諸国が2015年から2020年の間に1820億ドル以上の気候資金を報告したことを発見した。しかし:

  • どのようなプロジェクトが気候資金の対象として承認される公式のガイドラインも、アカウンタビリティの制度も存在しない。フィリピン財務省の副事務次官によれば、「これは金融のワイルドウェストだ。先進国が気候資金と呼ぶものは全て気候資金とされる。」

  • このため、資金の大部分(正確な合計は不明)が気候変動緩和への影響が疑わしいプロジェクトや気候変動と全く無関係なプロジェクトに流れている。例えば、イタリアの気候資金はアジア各地にチョコレート店やジェラート店を開設するのに使われ、アメリカはハイチの海辺のホテルのために融資を行い、ベルギーは恋愛映画の製作を支援し、フランスは中国での環境イニシアティブのための融資を報告したが、後にキャンセルされた。各国はこれらの投融資を気候資金の一環として報告していた

日本は世界最大の気候資金の貢献国であり、総額8.4兆円(588億ドル)に上り、気候資金全体の約1/3を占めている。そして、日本もロイターが洗い出した問題に重大な関与があり、疑わしいプロジェクトに投資している。具体的な例として:

  • エジプトの空港:エジプトのボルグ・エル・アラブ空港にて計画されたターミナルに設置される屋上の太陽光パネルのための240億円(1億6700万ドル)の融資。太陽光パネルで空港のエネルギー需要は少しは補えるとはいえ、空港の拡大によるCO2排出量はバカデカい。2013年の水準から約50%の出発便のCO2排出量が増加してしまう見込みだ。

  • バングラデシュの石炭発電所:バングラデシュに新設される1200 MWの石炭火力発電所で、結果として年間680万トンのCO2が大気に排出される。

  • 他にも石炭発電所が複数:ベトナムに1つ、インドネシアに2つの石炭発電所が計画されている。

  • 天然ガス火力発電所に4300億円(30億ドル)を提供。

  • ロイターとBig Local Newsによる調査の総合的な結果は、非営利団体Oil Change Internationalがまとめたデータと一致する。このデータベースによると、2017年から2021年の間、日本は国際的な化石燃料プロジェクトの最大の公的支援国であり、1.4兆円(96億ドル)を提供したとのことだ。火力発電の海外投資の分野で日本はいまだに経済超大国の地位を保つ。

正直、このロイターの記事に深い印象を与えられた。気候資金は長年にわたる先進国と途上国の交渉のネックである。先進国が数十億ドルの気候資金を約束するたびに(2009年の京都、2015年のパリ、昨年のシャルム・エル・シェイク等)、化石燃料というハシゴを上って産業化した国が、他国も地球温暖化を悪化せずに経済開発を遂げられるよう、寛大な支援をしてくれる期待が高まる。しかし残念ながら、先進諸国は気候資金のコミットメントをことごとく果たせずにいる。この報告書は、この事実に新たな陰影を投げかけたのもだ。

資金提供国がGHG排出を実際に緩和するプロジェクトや途上国が気候変動の影響に適応するためのプロジェクトに資金を適切に振り向けるためには、どうすればいいのか? 端的に、明確な定義、国際的なガイドライン、そしてより充実した透明性が必要だ。しかし、言うは易く行うは難し。ロイターの記事を読んでもらえればその理由を理解してもらえるだろう。

そして日本では…

政府の「水素基本戦略」が改定され…

首相官邸

6月6日、政府は「水素基本戦略」を6年ぶりに改定した。水素は燃焼時にCO2を排出せず、エネルギーキャリアとして利用できることから、様々な分野で排出削減の鍵と見られる。

日本は2017年に水素エネルギーに関する国家戦略を策定し、2030年までにその利用を大幅に拡大する目標を掲げた。それ以降、日本は2050年カーボンニュートラルを宣言し、ロシアによるウクライナ侵攻によるエネルギー市場の衝撃を受けて、水素などの低炭素エネルギーに対する関心が高まってり、アメリカ、EU、中国、インド、オーストラリアも独自の水素戦略を打ち出した。

こういった節目を迎え、日本政府は水素基本戦略の改定に乗り出した。水素の活用は先月国会で成立されたGX推進法でも重要な役割を担うエネルギーでもある。改定された戦略の主なポイントは以下の通り:

  • 戦略分野の位置付け:水を電気分解して水素を作る「水電解装置」や水素を燃料として電気を生み出す「燃料電池」など9つの分野を中核となる分野と指定

  • 官民投資の流入:今後15年で官民合わせて15兆円を超える投資を行う計画

  • 水素利用料の飛躍的増加:2030年には最大300万トン、2040年には1200万トン程度と現在の6倍にまで増やす

だが改定された戦略にはいくつもの課題が…

  • 現在の水素の化石燃料由来:2023年現在、世界の水素供給の1%未満が低炭素方法で生産されている。つまり、「燃やしてもCO2を排出しない」といっても、水素のバリューチェーン全体からの排出削減にはつながっておらず、気候変動対策に役に立っていない。再エネ由来の水素サプライチェーンへの投資が地球規模で必要とされる。

  • 改定された水素戦略も化石燃料由来になる見込み:基本戦略は水素の利用を増やすことを重視しており、再エネなどで生産時のCO2を出さない水素(グリーン水素)の利用数値はない。政府は、現状でも水素のサプライチェーンの整備などを加速するため、まずは化石燃料由来の水素でも増やすことが重要だとしているが、NHKは「将来の目標にさえいつまでにどれだけ再エネ由来の水素などを増やすのか」が全くないのは、各国の戦略と比べても異質だと指摘し、懸念を示している。

  • 実現可能性も問われる:2017年の基本戦略は2020年度までに再エネ由来の水素を供給する水素ステーションを100ヶ所ほど整備する目標を示したが、実際に整備されたのは27ヶ所に留まり、改定された基本戦略にはこういった目標自体なくなっている。2017年の戦略は燃料電池車の普及も2020年どに4万台を目指していたが、現在わずか8千台ほどに留まっている。水素の生産装置のコストダウンの目標も未達成のままだ。改定された基本戦略の実現可能性も疑わしい。

  • エネルギー安全保障の強化につながらない:水素基本戦略には水素の利用量を増やす目標はあるが、国内でどれだけ生産するのかは明確にされていない。海外からの輸入に頼る前提だからだ。実際に日本とオーストラリアの共同事業は、日本に輸入するための火力発電由来の水素サプライチェーン開発に既に取り組んでいる。

… CO2回収・貯蔵(CCS)に本腰を入れ…

日本経済新聞

6月13日、経産省はCCSキャパシティの開発の一環として、先進事業に7件を選んだ。CCSとは主に発電所から排出されるCO2を回収し、地下に貯留する技術を指す。北海道電力、三菱重工業、東北電力、ENEOS、Jパワー、三井などの電力、石油元売り、商社、製鉄の大手が選定された。

  • 7つの貯留地域:国内の貯留エリアは苫小牧、日本海側東北地方、東新潟地域、首都圏、九州北部沖〜西部沖の5ヶ所。海外はマレーシアとオセアニア地域を輸送先とする2ヶ所。(図表を参照☝🏻)

  • 事業者の責任の限度付けと法令の明確化へ:今までは海底に貯めたCO2が漏れた場合などに事業者が際限なく責任を負う状況になりかねないことが企業や金融機関の投資判断の妨げになっていた。解決策として、政府は法令の位置付けが不明確な保安体制の整備や、トラブル発生時の事業者の責任に限度を設けることなどを2024年までに新法で定める方針だ。

  • 貯留キャパシティは年間排出のごく一部:7事業が実現すれば、2030年には年1300万トンのCO2を貯留できるとの見込みだが、それは国内年間排出量のほんの1%に過ぎない。2050年までには現在の排出量の1〜2割に当たる年1.2億〜1.4億トンの貯留を目標とする。

IEAによると、世界中のCCUS(CCSにCO2利用〜Utilization〜を加える)のキャパシティは現在の4590万トンから2030年までに3億2000万トンに増える想定だ。その増加のほとんどは北米と欧州で起こる見込みだが、経産省が選んだ7件の先進事業で日本も将来のCCUS市場二酸化しようと努力しているようだ。

しかしCCS・CCUSに対する批判も向けられている。エネルギー経済・金融分析研究所(IEEFA)は、CCSの長い歴史の中で、目標未達成のプロジェクトが成功事例を上回り、成功したとしてもCCSは「火力発電の寿命延長を促す」役割を担うと指摘している。今回指定されたCCS先進事業も火力発電を温存するために利用されると懸念を抱かざるを得ない。

… 企業が「浮体式」洋上風力に踏み込む

Unsplash

戸田建設は、長崎県五島列島で浮体式風力タービンが巨大台風や津波などの自然災害に耐えられるかの知見を蓄積するため、大阪大学と提携した。背景には洋上風力市場における国際競争の激化がある。

  • 欧米は積極的:欧米諸国では国内のサプライチェーンの確立と電力発電コストの削減を目指す一連の措置と投資が行われている。

  • 日本のニーズは独特:「欧州などでは台風や地震が無く、自然災害に強い設計が十分に考慮されていない」場合がある。一方、日本は浮体式で巨大津波や台風への耐性を必要条件とする。

  • それでも先行者利益を目指す:特有なニーズであれ、日本の基準にあった浮体式を実用化できれば、海域の条件が近い韓国などアジアに売り込めると期待が高まる。

  • 市場はアジア:開発を競う欧米の視線の先にはアジア。アジアの浮体式の導入量は2040年に原発30基分の約3000万キロワットに上り、欧州を超える見通し。

深掘り分析

パワージャパン・ニュースレターは今後、日本に関わる気候変動やエネルギー情勢の研究や分析をいくつか紹介していく。メディアで報道される水面の情報より深い知識を共有するためだ。今週の深掘り調査は日本の電力部門の脱炭素かに向けた道筋を描く報告書をお届けする。

2035年日本レポート:電力脱炭素化に向けた戦略

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山地の多い島国である日本では、再エネの大規模導入は不可能だと思っている人が多いのではないだろうか。米国ローレンス・バークレー国立研究所が和訳したレポートは3つの問いを立てる:

  • 昨今の風力、太陽光、蓄電池の費用低下は、再生可能エネルギーの開発の速度と規模 にどのような影響を及ぼすか。

  •  電力需要の伸び、化石燃料価格、再エネや蓄電の費用などの避けがたい不確実性を 考慮した上で、技術的・経済的に実現可能なクリーンエネルギーの目標とはどのような ものか。

  • クリーンエネルギーへの移行を速めることによって、どの程度、環境・経済面の便益、輸 入燃料依存の安全保障リスクの低減が可能になるのか。

最新のデータを駆使した緻密なシナリオ設計・費用データの整備、電力システムのモデリングを行い、次のような結論を出している:

  • 再エネ導入を加速して90%クリーンな電力システムを実現することは可能である

  • 再エネと蓄電池の大量導入により、日本は90%クリーンで信頼性のある電力シ ステムを構築できる。クリーンエネルギー増加のほとんどは洋上・陸上風力と太陽光発電によるものだ。

  • クリーンエネルギーの導入により卸電力費用を6%削減できる

  • クリーンエネルギーを90%まで高めることで、化石燃料輸入費用を85%減らし、日本のエネルギー安全保障を強化することができる

  • クリーンエネルギーによりCO2排出量を92%削減し、環境に大きな便益をもた らすことができる

このレポートは、再エネの大規模導入で日本のエネルギー需要のほとんどを賄うことができることを証明する、複数の学術論文やシンクタンクの発表のひとつだ。つまり、技術面や経済面から見て、日本が再エネ大国になれることは十分に実証されているということだ。残された問題は、日本の政策立案者がこれらの教訓に耳を傾けるかどうかである。


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次回もまた日本の気候変動対策・エネルギー政策のトレンドをグローバルな視点でお届けしよう。


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