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レビュー 『ホス狂い~歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る~』

『ホス狂い~歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る~』(宇都宮直子)

本書は2020年代の歌舞伎町について書かれたノンフィクションで、主に4人の女性と数名のホストが登場する。彼女たちはSNSなどでそのがんばりを競い合い、”ホス狂い”を自称している。

ところで、ホストと客にまつわるエピソードは”明日カノ”こと『明日、私は誰かのカノジョ』(をの ひなお)などを読んでいるような人にはそこまでの驚きはないだろう。

・一晩で数百万、時には数千万を使う
・ホストと恋愛関係を結ぶのは難しい
・大体のハマった女性は風俗で働くようになる
・”ホス狂い”には複雑な家庭環境が多い
……

まあそうだよね、と感じる人が多いと思う。ところが、2年ほどの彼女たち・彼らの変化を見ていくうちに、そうした「へえ、今はそんな感じなんだ」という情報の間に別のことが見えてくる。人間関係を金銭に変換する、ある種の兌換性(だかんせい、いつでも金銭と交換できること)が相手の中で深く進行していっているのだ。

これを恋愛兌換性と呼ぶことにする。恋愛をタネにして金銭を得ることは大昔から行われていたけど、関係そのものを金銭と交換できるシステムは近年になってからだ。もともと人間社会では友情や愛情を金銭で売り飛ばすという行為には強い抵抗がある。これは時代や場所を問わず、一般的にいえることだろう。禁止するルールはないけど、あまり褒められたことじゃない、というのが共通の理解だ。けれど金銭が生まれた瞬間から、関係と金銭の交換はじりじりと進行し、表舞台に上がってきた。マルチ商法、AKB48以降のアイドル商法、Youtubeなどを起点にしたインフルエンサー稼業など時代とともに新しい形態が次々と登場している。ホストクラブもそうした形態のひとつだ。

マルチ商法は「よく落ちる洗剤」などを通して人間関係を金銭に変え、アイドル商法は握手券や投票券を通して”推し”を金銭に変え、YoutubeやTik Tokの場合は間に広告を挟むことで視聴時間や興味、注目を金銭に変える。ホストクラブでは擬似的な恋愛関係を酒や指名料、シャンパンタワーを通して金銭に変えている。こうした仕組みが、人間関係を金銭に変えることを保証している。逆にこうした仕組みがなければ個人で路上に立ってパトロンを直接探すような、とても高いハードルを超えていかなければならない。(GACKTはそれをやったらしいが……)

読んでいくうちに、わずか数ヶ月〜1年のうちに急速に恋愛兌換性に適応していく(時には過剰に適応してしまう)彼女ら・彼らの姿が浮かび上がる。単発のインタビュー集のような形式ではこうはいかなかっただろう。そのために著者は歌舞伎町に約1年半住み込むという方法を取った。SNS時代の今でもこうした取材の王道はやはり有効みたいだ。

こうした兌換性を突き進めるとどうなるかというと、「店の入り口のレジで料金だけ支払って帰る「キャッシャー会計」」という実にシビれる概念まで登場する。接客すら省略して、ただ入り口で金を払うということだ。さすがにこれには驚いた。ここに金銭で関係を買おうとする逆転がある。疑似恋愛を金銭に変えていたのが、金銭で(疑似)恋愛を買うように変化している。こうなると交換レートは天井知らずに上がっていく。

こんなことをしていて精神を病んだりしないかという、もっともな疑問が浮かぶけれど、もちろん病む。リスカ、DV、つきまとい、リベンジポルノは日常だし、刺したり刺されたり、時には命も失われる。たぶん、ごく一部の人(サイコパスと呼ばれる人)を除いて、ほとんどの人はこのゲームに耐えられない。金が尽きる、老いる、病む、死ぬ、そうやって街から去っていく。そういう意味では期間限定のゲームなのだ。この本に登場するねねさんという人物はその中でもひときわ”仕上がった”人だ。

「シャンパンコールでは、彼女自らマイクを持ち「自殺未遂をして医療保護入院となっていましたが帰ってきました~!」と強烈すぎるコールをする。(中略)ねねさんは、満面の笑顔でマイクを続ける。 「自殺未遂の理由は、王子に『死ね』と言われたからで~すっ!」。これには隣にすわる紫陽くんも、さすがに苦笑いだ。」

『ホス狂い~歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る~』

これには自分も苦笑いだった。


Kindleで購入。Kindle unlimitedでも読めるようです。


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