同一労働同一賃金を読み解く 前編 (パートタイム労働法10条を読んでみる)

 法律は読みにくい、分かりにくいとお感じの方も多いだろうと思います。
 しかし、はっきり言って、それは頭が悪いせい、ではありません。
 法律の書き方が悪いのです。
 そこで実際の条文を見ながら、そのことをご説明しようと思います。

 例として取り上げる法律は、パートタイム労働法などと略称されている「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」('20/4/1施行)のうち、同一労働同一賃金に関する第10条です。
 なお、関係する施行規則も大事なので後編で読み解いてみます。
 ぜひ、前後編、セットでお読みください。

 では、法律から読み始めましょう。
 まず、法律のタイトルの中の「雇用管理の改善等」の意味がよく分からないのですが、これは無視して、短時間労働者と有期雇用労働者のこと、つまりパートさんや契約社員さんに関する定めである、とだけ理解しておきましょう。
 
 次に、第10条の本文を見てみます。

(賃金)
第十条 事業主は、通常の労働者との均衡を考慮しつつ、その雇用する短時間・有期雇用労働者(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者を除く。次条第二項及び第十二条において同じ。)の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し、その賃金(通勤手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。)を決定するように努めるものとする。

 一見しただけでは訳の分からない日本語なので、まずカッコの中を全部読み飛ばした上で、主語と述語だけを抜き出すと、主語は「事業主は」、述語は「努める」です。
 つまり、単なる努力義務にすぎないこと、この定めに違反したからと言って罰則規定はないし、それどころか、この規定違反で賠償請求される可能性も極めて小さいこと、つまりとても緩やかな規制であることが分かります。

 次に、何に努めるのかを探すと「その賃金の決定」に努めると書いてありますので、今度は「その」が何を指すかを探します。
 すると、ずっと離れた前の方に「その雇用する短時間・有期雇用労働者」という指示対象があります。
 しかし、「事業主は」「その雇用する短時間・有期雇用労働者」の「賃金の決定に」「努める」というのは意味不明な日本語です。
 そこでもう一度、よく読むと「通常の労働者との均衡を考慮しつつ」と言う副詞句があることが分かります。
 つまり、「事業主は」「通常の労働者との均衡を考慮しつつ」「その雇用する短時間・有期雇用労働者」の「賃金の決定に」「努める」というのがこの条文の背骨であることが分かります。
 やっとそれが分かった上で、三度目によく読むと、「職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し」と言う長い副詞句があります。
 つまり、事業主がパートさんや契約社員さんの賃金を決める場合には、
条件1 通常の労働者との均衡を考慮すること、
条件2 職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案すること、
 ・・・に努力してね!・・・使用者側と非正規労働者を排除している御用組合で構成する内部委員会を設けるなど、なにかやったフリだけでも良いからネ!・・・と言っているということがやっと分かる仕組みです。

 しかも、条件1のうちの「均衡」が実はクセモノなのです。
 あまり知られていませんが、厚生労働省や労働法学者の間では、「均等」はジャスト・イコールを要求する一方、「均衡」はニヤ・イコールで良い、という使い分けがなされています。
 つまり、条件1はニヤ・イコールを定めているのですが、それだけだと同一労働同一賃金にならないので、条件2で改めて縛りをかけている、という構造になっているのです。
 こんなに入り組んだ構造ならば、普通の人が読んでも訳が分からない、のは当然の結果です。
 
 パートさんや契約社員さんなど、労働条件が低く不安定な立場にある人たちの保護のために造られた法律が、こんなにも分かりにくいのとても良くないことです。
 そして、この分かりにくさの背景には、最終的には努力義務規定とニヤ・イコールに持ち込むことに成功した事業主側の思惑と、せめて爪痕を残したい、ジャスト・イコールに近づけたいという労働者側の思惑が横たわっている、というところまで読み取っていただいると、この条文の全体がつかめてくると思います。

 そして、その泥仕合は施行規則にも及んでいるのですが、長くなりましたので、それは後編に譲ります。

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