対話・地球的危機・コモンズ(前編)


1 対話の歴史

 古来、教師の本分は質問し、対話することにあります。

 論語の冒頭を思い出してください。
 「友達が遠くから訪ねてきてくれた、愉しいことじゃないか?」
 孔先生は、愉しいことだ、と教えているのではありません。愉しいことだと思わないか?と尋ねているのです。

 老子に至ってはもっと挑戦的です。
「道の道とすべきは、常の道に非ず」
 いわく、君は道、道と言うが誰も道を示すことなんかできないんだ、とほとんど門前払いを食らわした上で、それでも食い下がってくるなら、教えてやらないわけでもない・・・という調子で、禅宗の公案にも通ずるものがあります。

 思い起こせば、古代においては、ソクラテスもプロティノスもお釈迦様もイエス様も、こうした対話型の教師でしたし、現代においても、L.ウィトゲンシュタインが講義の中でA.チューリングとの間で繰り広げた対話が残されています(C.ダイアモンド「ウィトゲンシュタインの講義 数学の基礎篇」)。
 また、具体的な対話の記録は残されていませんが、K.ポラニーやP.フレイレ、I.イリイチなども彼らが開いた成人教育の場で対話を繰り広げていたことはほぼ確実です。

 では、これらの教師たちはなぜ対話を用いたのでしょうか。

 それは簡単な話で、初等教育や中等教育の児童生徒を相手にするならば知識の切り売り型であっても相手は耳を傾けてくれますが、高等教育の学生や、まして成人相手なら、対話型で語るしか選択肢がなかったのです。

 とはいえ、古代であれば、誰であれ、ソクラテスが座っていたアテネの広場、あるいはイエスが遍歴した荒れ野に赴けば、あるいは現代であれば、一定の手続きを踏んでウィトゲンシュタインや講義室に行けば、優れた教師の知恵に接することができたし、実際、ベルクソンの哲学講義にはパリ市民が殺到したということもありました。

 今も昔も、優れた教師は人々を引きつける魅力があるのです。

(後編に続きます)


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